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ロストールへ寄ると、ルインは必ずリューガ邸に足を運ぶ。
それは、義兄への近況報告とか義兄を気にかけてとか理由はいろいろあるが、一番の理由は別のことだった。
その日も、リューガ邸を訪れたルインはいつものように客室に通され、
いつものようにセバスチャンが手際よくお茶の用意をしていた。
「どうぞ。」
ルインの目の前に、紅茶が入った器が置かれた。
「ありがとうございます、いただきます。」
器を手に取り、暖かな紅茶をひとくち口に含む。
やわらかな香りが鼻をくすぐり、ルインはほっと一息ついた心地がした。
そして、いつものように近況報告とか義兄の話が始まる。
「セバスチャンの淹れた紅茶は、本当に美味しいですね。」
会話の内容もとりとめのない日常のことになった頃、空になった器を置いてルインが言った。
「ありがとうございます。そう言って頂けると大変嬉しゅうございます。」
にっこり笑ったセバスチャンは、再びルインの器に紅茶を注ぐ。
その様子を見つめながら、ルインはゆっくりと口を開いた。
「…兄さまを思い出します。」
「ルイン様のお兄様、ですか。」
セバスチャンから差し出された器を、ルインは両手で包み込むように受け取った。
「はい、わたしの実兄です。ロイ兄さま。」
ああ、とセバスチャンは頷いた。
この少女には行方不明になった兄がいて、その兄を見つけるために冒険者になったと聞いた。
それ以外のことは、まだあまりよく知らない。
レムオンの義妹となりノーブル伯の称号を得て数ヶ月が経つ。
少女は頻繁に屋敷を訪れてはセバスチャンと話をするが、自分の身の上について話したことはほとんどない。
貴族出身ではないらしいが「一般的な礼儀作法や教養は身に付いているようだ」と以前レムオンが話していた。
無礼と思いつつも、セバスチャンは好奇の目を向ける。
手に持った器を覗き込んでいるルインの表情は、読み取ることはできない。
しかし、話し出した口調はとても優しげだった。
「ロイ兄さまも、セバスチャンのように美味しい紅茶を淹れてくれました。」
懐かしそうに、しかし、どこか悲しげな声のトーン。
「そうでございましたか…。」
行方不明の兄を思っているのだろうことが、セバスチャンにも痛いほど伝わってきた。
この少女は、主・レムオンを「兄」と呼び義妹として振舞っているが、一体どんな気持ちなのだろうか。
少女の心を傷つけてはいないだろうか、と考えて頭を振った。
忠誠を尽くしている主に対して、失礼な思い込みである。
黙ってしまったセバスチャンに申し訳ないと思ったのか、ルインが明るい声で言った。
「あ、あの、お願いがあるんです。」
はっと我に返ったセバスチャンが、笑顔で答える。
「はい、何でしょうか?」
「わたしに、美味しい紅茶の淹れ方を教えていただけませんか?
仲間のみなさんの疲れも、癒えると思うんです。」
それに、と彼女は続ける。
「ロイ兄さまに、少しでも近づきたいんです。」
セバスチャンは、目を細めて少女を見つめていた。
ほんのりと頬を赤く染めた姿が「兄を思う妹」の様子が見て取れる。
「わかりました。私で良ければ。」
ありがとうございます、と少女は目を輝かせた。
「あ、あと…。」
「?」
「…今日の紅茶は、いつもと違うな。」
ルインが帰ってから、セバスチャンは主の小休憩時に紅茶を振舞った。
ひとくち啜ったレムオンが、ぽつりと呟いた。
いつもは、紅茶の味に感想を述べたりはしないのに。
くすりとセバスチャンが微笑む。
「今日は、ルイン様がお淹れになりました。」
「ルインが?」
手に持っている器の中身をまじまじと見つめてから、レムオンは「そうか」と呟き、またひとくち。
「お味はいかがでしょうか?」
「…悪くは無いな。」
かたん、と小さな音を立ててテーブルに器を置いた。
「あ、あと…。」
少女が恥ずかしそうに視線を泳がせる。
「?」
「…レムオンお兄様にも、飲んでいただきたいです。」
愛らしい笑顔でそういう少女の心は、義妹としてだろうか、それとも―――?
「美味しい紅茶を淹れるコツは、相手を思うことが大切です。」
少女の思いは、どのようなものだったのだろうか。
主を見ながら、セバスチャンは穏やかな笑みを浮かべるのだった。
fin