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レヴィンの笛の音が、夜の闇の中に溶けてゆく。
その音を誘うのは、軽やかに跳ねるシルヴィアの舞だった。
ささやかな宴も終わりに近づいてきた頃に始まったそれは、
酔った頭を醒ますには心地良い笛と鈴の音色だった。
腕や足のリングに付いた鈴は、シルヴィアの動きに合わせて涼しげな音を奏でる。
笛の音に合わせて踊るシルヴィアの姿は、見る者全ての目を釘付けにした。
「綺麗ね…。」
女性たちは、うっとりとその幻想的な光景を見て溜め息をつく。
男性たちは、シルヴィアのしなやかな動きに感嘆を漏らす。
シルヴィアは、踊りながらちらりと観客へ視線を向ける。
隣り合って座る男女の表情が幸せそうなのは、
ただこの笛の音、舞のせいだけではないだろうことが分かる。
視線を漂わせる。
(……あ。)
見つけた。
一つのテーブルを囲む、三人の男性の姿。
その中にある、愛しい一人の姿を。
アレクは、眩しいものでも見るかのように眼を細めてシルヴィアを見ていた。
その姿を見ただけで、シルヴィアの心までもが踊りだす。
部屋中に響く鈴の音は、心の中の喜ぶ声だった。
やがて、笛の音が止む。
しゃらん、と余韻を残す鈴の音と共にシルヴィアの舞も終わった。
それと同時に、今度は部屋中には拍手が鳴り響いた。
汗で額に張り付いた髪をかき分けながら、シルヴィアは嬉しそうに顔を上げた。
視線の先にいるアレクも、立ち上がり、嬉しそうな顔で拍手を送っている。
手を振ってそれに応えると、酔ったアーダンが冷やかしているのが見えた。
再び、レヴィンの笛の音が辺りに響く。
今度の曲調は、先ほどのものとはまた違ったもの。
最初に部屋の中央に躍り出たのは、一組の男女。
それを合図に、一組、また一組と男女が躍り出る。
いつしか、そこは恋人たちの踊る空間に変わっていた。
シルヴィアはその場から離れてアレクの元へ駆け寄った。
「アレク!」
「シルヴィア!」
笑顔で迎えてくれた彼は、お疲れ、と労いの言葉をかけた。
その笑顔と一言で、踊りで消耗した体力が一気に戻ってくる。
「あたしの踊り、どうだった?」
シルヴィアは甘えるようにアレクの腕にしがみつき、顔を見上げた。
「今日も良かったよ。見ていてほっとする。」
愛しい人の言葉ほど、嬉しいものはない。
「えへへ、ありがと!」
胸元へ頬をすり寄せると、アレクは髪を優しく撫でてくれた。
恋人たちは優雅に踊る。
互いに向き合い、手を取り合い、くるくると舞い踊る。
まるで語り合っているかのように楽しげに。
先ほどまで同じテーブルにいたアーダンも、酔った勢いで男同士で踊っている。
その様子を見て、アレクとシルヴィアは大笑いした。
しばらく経って、アレクが口を開く。
「俺たちも、踊ってこようか。」
「え…。」
いいよ、とシルヴィアは笑顔で答えた。
「あたし、貴族さまの踊りなんて知らないもん。踊れないよ。」
人と踊るためではなく、生きていくために見せる踊りしか知らないシルヴィアは笑う。
その笑顔は、少しだけ寂しげな色を滲ませている。
「じゃなくて。」
アレクがシルヴィアの顔を覗き込む。
至近距離にあるアレクの顔に、一瞬どきりとする。
「ここじゃあないところ。二人きりで踊れるところで。俺が教えてやるよ。」
そう言うと、アレクは子供っぽくウィンクしてみせた。
「ほえ。」
ぱちぱちと目を瞬かせるシルヴィアの手を取ったアレクは、部屋を抜け出した。
二人が辿り着いた場所は、踊るには狭すぎるバルコニー。
しかし、二人で向き合い手を取り合って踊るには充分すぎる場所だった。
ちょうど下の部屋で奏でられている笛の音が、バルコニーまで聴こえてくる。
「ここなら踊れるな。」
「ちょ、アレク…。」
引いていたシルヴィアの手を離し、向かい合うと、アレクは目の前に片膝をついた。
「!???」
どぎまぎするシルヴィアをよそに、アレクは続ける。
彼女の小さな手を取った。
「俺と踊ってくれますか?」
いつもの明るい調子とは違う、それこそ貴族のような振る舞いに、シルヴィアの心臓はどきどきと波打った。
「…よ、よろしく、お願いします…。」
「オーケー!」
かと思えば、やはりいつもの調子のアレクに戻る。
シルヴィアの手を取り、もう片方の手は彼女の腰に回した。
向かい合い、手を取り合い、見つめ合うその距離に、シルヴィアの鼓動は早まる。
「一人で踊るのも良いけど、二人だともっと楽しいぜ。」
「アレク…。」
満面の笑みを浮かべるアレクに、シルヴィアの緊張も解けた。
闇に溶けてゆく笛の音。
その音を聴きながら、二人の夜はいつまでも続いていた。
fin