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ぱしゃん、と水たまりの水が跳ねた音を背中で聞く。
薄暗い路地を縫うように、迷路のように入り組んだ道を軽々と走る。
エアリスは、ちらりと後ろの様子を窺った。
歩く人々の姿が見えるだけで、彼女を追っていた人影はない。
どうやら、上手く撒いたようだ。
「…はぁ…。」
大きく安堵の息を吐き、ゆっくりと速度を落とし、波打つ心臓と呼吸と整えた。
通りかかった小さな店の機械仕掛けの時計が、ちょうど午後八時の鐘を鳴らした。
遠回りになるけど、また見つかって走り回るよりは―――。
まだ呼吸も僅かに乱れたままのエアリスは、人目につかないように細くて薄暗い路地を選んで歩き出した。
「みーつけた。」
聞き覚えのある声に、一瞬足が止まる。
後ろも振り向かずに駆け出そうとしたエアリスの細い手首を、声の主はがっちりと掴んだ。
そしてそのまま、強引に壁際へと引っ張られる。
逃げ出せないように、声の主――レノはエアリスの左右を両手で塞いでしまった。
「鬼ごっこは、もう終わりだぞ、と。」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべたレノを、エアリスは『捕まった恐怖』の色は一切見せない瞳で睨みつけた。
エアリスは驚いて跳び上がった心臓を落ち着かせようとした。
レノだって散々走り回って彼女を探していたのだろうことが、乱れている呼吸からわかる。
「は~、しんど。」
声も態度も飄々とした様子なのに、緑色の眼だけは真っ直ぐにエアリスを捉えて離さない。
これが、プロの――タークスの男の眼。
隙を見てなんとか逃げ出そうと考えているエアリスに、焦りの色が見えてきた。
このまま強引に強制的に神羅へ連れて行かれるのだろうか。
しかし、見つめ合う距離は少しずつ縮まり、お互いの息遣いが聞こえるくらい。
見つめ合っていた視線はゆっくりゆっくり下へと動き、紅い唇を捉えたとき―――。
「…おねえちゃん。」
エアリスの高鳴っている心臓の音が、至近距離のレノにも聞こえてきた。
ふ、と音のない笑みをひとつ漏らす。
レノの不敵なその表情に、エアリスは頬を赤くして睨みつける。
「…なによ。」
くつくつと声を殺して笑うと、レノはエアリスの耳元へと顔を近づけた。
びくり、とエアリスの細い肩が小さく上下したのが可愛らしい。
「このまま―――。」
耳元での囁きは、途中で途切れてしまった。
レノの胸元ぐっと押し出し、意表をつかれてほんの一瞬力を緩めた隙に、
エアリスが腕の下をくぐって逃げ出した。
「待っ…!」
「神羅になんか、絶対、行かないもん!」
走りながら後ろを見、ついでにべっと舌を出して、エアリスはスラムの闇に消えていった。
「………。」
そこに残されたレノは、わしゃわしゃと赤髪を掻きながら溜め息をつく。
制服の内ポケットから煙草とライターを取り出し、火をつけた。
肺いっぱいに空気を送り込み、大きく吐き出す。
舞い上がった白い煙が、夜空へと消えていった。
まるで、さっき見た彼女のように。
「このまま」の後に言おうとした言葉。
――このまま、ウチに来ないか?――なんて。
「オシゴトは辛いですね、と。」
まだ充分長い煙草を足元に投げ捨てると、靴底でそれをぐいぐい踏み消した。
両手をポケットに突っ込み、エアリスとは逆方向に、レノは歩き出した。
fin