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普段は威厳に満ちた王・エルトシャンも、政務室で籠もっていることもできなくて落ち着かない様子で廊下を歩き回っていた。
彼の目の前にある扉の奥では、初子を出産する妻がいる。
義姉の出産を手伝っている妹・ラケシスは部屋から出る度に、心配そうな面持ちの兄を叱咤激励した。
「お兄様、そんなに心配なさらなくてもお義姉様は大丈夫です!」
そう言われ「ああ」と、一応平常心を装っているような返事を返すのだが、行動が真逆すぎる。
愛する妻の苦しそうな呻き声が聞こえてくる度に、扉に駆け寄ったりしていた。
妹は兄の様子を、半ば呆れ溜め息をつきながらも、好意の眼差しで見つめるのだった。
医師の出入りも慌しくなり、聞こえてくる部屋内の声にも緊張感が表れ始め、
静まり返った瞬間にエルトシャンが最悪の場合を覚悟し出した、その時。
赤子の、大きな鳴き声が聞こえてきた。
エルトシャンの表情にも、安堵と歓喜の色が浮かんだ。
それから数ヵ月後のこと。
「グラーニェ。」
エルトシャンは、妻の名を呼んだ。
暖かな日差しが降りそそぐ、午後の中庭。
ちょうど日陰のところにある木造の長椅子に座りながら、グラーニェは眩しそうに夫を見上げた。
「エルトシャン様…。」
エルトシャンは彼女の隣に腰掛けた。
そして、彼女に抱かれてすやすやと眠っている息子・アレスの髪をそっと撫でてやった。
「ちょうど今、寝付いたところです。」
子をあやすグラーニェの表情はとても穏やかだ。
「グラーニェ、気分はどうだ?」
エルトシャンは妻を引き寄せ、額に口付けた。
「ご心配要りません。」
彼女は幼い頃から病弱だったらしく、そんな身体での出産は危ぶまれていたが、
数ヶ月経った今、青白かった彼女の肌はほんのりと赤みが差している。
母親としての彼女は、以前よりも逞しく感じた。
そんな彼女を目を細めて見つめ、エルトシャンはもう一度額に口付けた。
久し振りの夫婦の語らいに、一人の家来がおずおずと声を掛けた。
「失礼します、エルトシャン様。」
「なんだ?」
「シャガール王からの使者が来ております。」
「…そうか、わかった。」
先に行っててくれ、と促した後、エルトシャンは密かに不安そうな面持ちのグラーニェの頬に口付けた。
彼女を安心させるかのように。
「すまない、行ってくるよ。」
「ええ。」
踵を返して歩き出したエルトシャンの後姿を、グラーニェはずっと見つめていた。
獅子王と呼ばれる男の、背中にかかる金色の髪。
脇に差している、魔剣ミストルティン。
「………。」
グラーニェは自分の腕に抱かれているアレスに視線を落とした。
そっと髪を撫で、額に口付ける。
父親から受け継いだ金色の髪。
眠っているその表情も、父親に瓜二つである。
そして、輝くヘズルの証。
この子も、将来は魔剣を受け継ぎ、ノディオンの王となるだろう。
定められた道には、どのような障害が待ち受けているのだろうか。
安らかな寝息を立てている息子の愛らしい顔を見るたびに願う。
このまま何事もなく、平和な時が過ぎてゆくことを。
我が子の未来が、穏やかに過ぎてゆくことを―――。
fin