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熱にうなされ、意識がまどろむ。
出たり入ったりを繰り返す家臣たちの姿も言葉も、おぼろげにしか頭の中に残っていなかった。
数日間連続で深夜まで仕事を持ち込んだせいでこうなってしまったとはいえ、
自分の体調管理能力が欠如していたことには心底呆れてしまう。
熱が出始めた頃は、そのうち下がるだろうと高を括っていたのだが、
さすがに様子がおかしいと察した家臣たちに無理やりベッドへと引きずられた。
それから二日目。
未だに熱は下がらず、むしろこうしてうなされているのである。
どこかで気が緩んだせいだろうか、と情けなくて怒りすら湧いてくるがそれで憤慨してる気力もない。
溜まっているであろう仕事のことが思い浮かんだが、すぐに霧のように消えていった。
水が小さく跳ねる音と、その次に冷たい感触に目を醒ました。
「あ、おはようございます。」
天蓋だけを捉えた視界を、ゆっくりと左へ移す。
「…ルイン?」
そこにいたのは、しばらく振りに見た義妹――ルインの姿だった。
怪訝そうな顔をするレムオンをよそに、ルインは額に置かれていた布を水桶に浸した。
「具合はいかがですか?」
「………。」
昨日までの状態に比べれば、大分良くなっている。
ぐるぐると頭の中を何かが駆け回るようなだるさもない。
「…何故ここにいる?」
「お兄様の看病です。久し振りに訪ねてみたら、ご病気だと聞いて。」
驚きました、とくすくす笑いながら言う。
「お兄様でも、ご病気になることがあるんですね。」
「………。」
ふん、と鼻を鳴らすと、ルインはもう一度くすくす笑い出した。
「お兄様とは会う機会がなかなかないから、とても心配していました。」
でも、とルインはレムオンの額に手のひらを当てた。
ひやりとした心地良い感触に、一瞬どきりと心臓が飛び跳ねる。
「良かった、熱も下がったようですね。」
にっこりと微笑んだルインの顔を見たとき、レムオンの脳裏にある記憶が蘇った。
幼い頃の、微かな記憶。
こうして熱を出したとき、付きっ切りで看病してくれた女性。
額に置かれた手のひらや、励ましてくれた優しい声。
目を閉じてもうっすらとしか浮かんでこない情景だが、とても懐かしい記憶。
「…お兄様、どうかしましたか?」
はっと我に返る。
小首を傾げて覗き込むルインの様子が、あの時の女性と重なったような気がしたが、すぐに首を振った。
「…なんでもない。」
義兄の様子に安堵の笑みを漏らすと、ルインは途中だった林檎の皮むきを再開した。
その姿が、再び記憶の中の女性と重なる。
どうぞ、と差し出された林檎も。
一口かじったとき、口の中に広がるほのかな酸味も。
今のこの情景も。
「ルイン。」
レムオンは義妹の名を呼んだ。
「はい、なんでしょう?」
義妹が答える。
その声のトーンは優しげで、ますますあの時の記憶を蘇らせる。
レムオンはルインの顔を見た。
瞬かせる紫色の瞳は、この義妹だけのものある。
しかし、瞳に宿っている柔らかな瞳は、確かに似ている。
「…ただの思い出話だが………聞いてくれるか?」
およそ普段の義兄からは想像し難いほどのこの状況に、ルインは目を丸くした。
しかし、すぐに頷き微笑んだ。
「ええ、教えてください、お兄様。」
それは、幼き日の思い出。
fin