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すれ違う人と一言二言挨拶を交わしながら廊下を歩く。
その速度は目的地の扉が近づくたびに速くなり、同時に微かに心が弾んでゆくのを感じた。
扉の前に立つ。
変に気にされるのも嫌なので、呼吸を整え、前髪を整え、制服のリボンを直す。
弾んだ心だけは、いつも抑えることができない。
この扉の向こうに広がっている光景を思い描きながら、扉を開けた。
扉の向こうに広がっていた光景は、およそ数ヶ月ぶりのもの。
窓際の席に座っている一人の少年の後姿がそこにあった。
窓から差し込む陽の光に照らされた蒼髪が眩しい。
「………。」
抑えることができなかった心は、余計に速さを増した。
ゆっくりと扉を閉めて、次のシーンを思い描く。
少年の傍へと歩を進める。
遠くから見ていただけでは気が付かなかったが、少年の耳には白いイヤホンが納まっていた。
開け放たれた窓からは風が入り込み、外からは部活動をしている生徒達の声が聞こえているのに。
イヤホンからは微かに音楽が漏れている。
――彼の好きな曲だ。
瞬間的にそう思った。
「…お疲れさま。」
少年の前の机に鞄を置いて座り、声を掛ける。
ずっと音楽と手元の本に熱中していたのか、少年は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「ああイシュタル、お疲れさま。」
少年の微笑みに心が温かくなり、イシュタルも自然と笑みがこぼれる。
「何を聴いてたの?セリス。」
少年――セリスは右耳み納まっていたイヤホンを外し、イシュタルへと向けた。
「一緒に聴いてみる?」
どきり、と心臓が跳ねる。
「…ええ、ありがとう。」
座ってる椅子を、セリスの机へと近づける。
片方のイヤホンを受け取ると、そのまま右耳へと納めた。
セリスが小さなプレイヤーを操作する。
音楽が始まった。
「…他のみんなは、まだ来ていないのね。」
「みんなは掃除当番だって言ってた。」
「そう…。」
それ以上は、何も言えなかった。
セリスの好きな音楽に集中しているのもある、けど、理由はもっと別。
一つのプレイヤーから伸びたコード。
そのコードは、片方はセリスへ、もう片方はイシュタルへ。
ほんの数十センチの間隔で向かい合っている二人。
イシュタルは、そっと目の前のセリスの様子を窺う。
蒼い前髪はさらさらと流れ、長い睫毛が血色の良い肌に影を落としている。
伏目がちの蒼い瞳は、手元の本へと落とされている。
他の生徒たちがいない、数ヶ月に一度の、二人きりになれるこの瞬間。
この放課後が、イシュタルにとっては幸せな時間である。
高鳴る胸の鼓動を抑えるかのように、イシュタルは目を閉じた。
残り僅かなこの時間を、愛しむかのように。
fin