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ちらりと時計を振り返り見ては、少しも進んでいない針に溜め息をつき、
そわそわと落ち着かない素振りでくるくると部屋の中を歩き回る。
さっきから同じことを何度も繰り返しているけれど、
時計の針は、アトレイアの気も知らずに正確にゆっくりと時を刻み続けていた。
あと少しで、約束の時間になる―――。
部屋を訪れる青年のことを思い浮かべただけで、待ちきれないアトレイアの心は弾んだ。
机の上に並べられた本や二人分の椅子に何度も手を触れて、その時のことを思い描く。
“待つ”ということが、こんなにも楽しいことだったなんて。
文字に興味を持つようになってから、アトレイアは積極的に文字の勉強を始めた。
それに付き合ってくれたのが、ハックだった。
冒険者として大陸を旅しているハックは、ロストールへ来ると必ずアトレイアの部屋を訪れる。
そして、時間の許す限り彼女の傍で勉強を教えてくれていた。
いつしかそれは、アトレイアにとって大切な時間となっていた。
最後に部屋に来た日、帰り際にハックは次の勉強の日を決めようと言った。
「次にハック様がアトレイアのところに来てくださる日、ですか?」
「はい、そうです。いつがいいかな…。」
うーん、と考えてるハックの様子を、アトレイアはぽかんとした面持ちで見つめていた。
「今請けてる依頼が簡単な内容だったから、八日後にはロストールに戻ってこれると思います。」
「ようかご…ええと。はい、わかりました。」
アトレイアはこくりと小さく頷く。
「では、八日後の、今日と同じ時間に。」
そして、今日がその約束の日。
この八日間、アトレイアは何度も時計を見ながら過ごしてきた。
あと七日後、六日後、五日後―――。
日が経つにつれて、胸が高鳴っていくのが分かった。
ハックが来てくれる。
勉強を教えてくれる。
何を話そうか。
どんな話を聞かせてくれるのだろうか。
目が見えなかった頃は到底味わえなかった気持ちに、アトレイアは楽しさを覚えた。
部屋の中に、扉をノックする音が響く。
扉を開けて入ってきた青年を、アトレイアは可愛らしい笑顔で出迎えた。
時計の針は、まるでアトレイアの高鳴る胸のように軽やかに時を刻み続けていた。
fin