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開け放たれた窓からは穏やかな風と暖かな日差しが入り込む。
春の陽気のような雰囲気は、堅苦しい執務室と書き物机に向かっている人物には似合わなかった。
宰相・ベルゼーヴァは黙々と机に積まれた書類に目を通している。
その時、窓から女の明るい声が聴こえてきた。
もう何度も聞き覚えのある声に、思わず走らせていたペンを止める。
女の明るい声は止まない。
ベルゼーヴァはひとつ溜め息をつくと、椅子から立ち上がった。
窓の傍に寄り、下に広がっている中庭をそっと覗き込む。
明るい声の主がいた。
蒼い髪をきらきらと陽の光に煌かせた少女。
その少女――アローカナの足元には、数日前に連れて来られた茶色い子犬が元気に走り回っている。
ベルゼーヴァは再び、今度は大きな溜め息をついた。
数日前、アローカナは一匹の小汚い子犬を執務室に連れてきた。
雨が降り続いていた日だった。
「…なんだ、それは。」
「子犬です。」
ベルゼーヴァは少女と、少女に抱かれた子犬を交互に見やった。
子犬は雨に打たれ続けていたのだろう。
寒さで震えているようだった。
少女の方は、いつもと変わらない無愛想な面持ちでベルゼーヴァを真っ直ぐ見つめている。
この少女はよほど気の許した仲間の前でないと笑顔を見せないらしく、ベルゼーヴァの前ではいつまで経っても無愛想なままだった。
「…何故連れてきた。」
「ノラのようなので。」
「…ここでは飼えんぞ。ここをどこだと思ってる。」
「王城には広い中庭があるから、良いかなと思ったんです。」
部下から畏れられている宰相とこんなにも淡々と言葉を交わせるのは、アローカナだけかもしれない。
ベルゼーヴァは額に手をやり、大きな溜め息をついた。
「…ギルドで飼い主を探せば良いだろう。」
「じゃあ、それまでここで飼ってても良いですよね。」
「………。」
この後アローカナにとことん粘られて、結局王城中庭でしばらく飼うことになった。
最初は無関心な振りをしていた部下たちも、日が経つにつれて、時間があれば子犬を構うようになった。
ベルゼーヴァはその度に苦い顔をして部下たちを叱責するのだが、今ではそれも黙認することにした。
見下ろす中庭からは、アローカナの明るい声が聴こえてくる。
彼女の明るい声や笑顔は今まで見たことがない。
あの少女にも歳相応の一面があったのか、と驚かずにはいられなかったが、
ベルゼーヴァがアローカナを見下ろす表情もどこか優しげである。
小さな溜め息をつくと、ベルゼーヴァは再び書き物机へと戻った。
開け放たれた窓からは穏やかな風と暖かな日差しと、少女の明るい声が入り込んでいた。
fin