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薄暗い階段を上り辿り着いた場所は、抜けるような青空の見える屋上だった。
立ち止まったその場で広い屋上を見渡し、ひとり佇む少女の後ろ姿を見つける。
探していた人が見つかり安堵の息を漏らすと、セリスはその少女へと足を向けた。
光を浴びた銀糸は、流れるような美しさで風に靡いていた。
風は草木をも揺らし、華奢な少女を攫って行くかのように吹き荒れている。
それでも少女はしっかりと地に足をつけて、遠くの景色を見つめていた。
一歩一歩近づくごとに、心臓は締め付けられたように苦しくなる。
その眼差しの先に何があるか、セリスは知っている。
少女の愛する人が、その先の地にいることを。
こつこつと石畳を踏む足音は、風に消されていた。
セリスは少女の真後ろで立ち止まった。
眩しいものを見ているかのように、目を細めてその後ろ姿を眺める。
少女の長い髪が、無造作に目の前を流れていた。
手を伸ばせば、その銀糸に触れ、少女を己の胸に包み込むことができる距離。
それなのに、まるで見えない厚い壁が二人の間にあるかのように、
セリスは自らの手を伸ばすことが出来なかった。
ぐっと拳を握り、代わりに、セリスは穏やかな声で呼びかけた。
「……ユリア。」
名を呼ばれた少女――ユリアはびくりと振り向いたが、その表情はすぐに笑顔に変わった。
「お兄様。」
ちくりと痛む胸を抑えながら、セリスはユリアの横に並んだ。
そして、手に持っていた一通の手紙を見せた。
「手紙が届いていたよ。」
みるみるうちに、ユリアの表情が変わっていく。
目を輝かせ、小さく喜びの声を漏らすと、セリスから手紙を受け取った。
再び、ちくりと胸が痛む。
「ありがとう、お兄様。」
ユリアは、まるで花のように可愛らしい笑みを向けた。
「…どういたしまして。」
作られた微笑はぎこちなく、胸の痛みは止まらない。
自分に向けられたユリアの嬉しそうな笑顔は、手紙の主がさせたものだ。
頬がほんのりと紅く色づいているのも、大事そうに胸に抱いている手紙のせいだ。
「…今日は風が強い。中に戻ろう、ユリア。」
「はい、そうですね。」
セリスが先に行くよう促すと、それに素直に従ったユリアの長い髪が鼻先を掠めた。
風に煽られて靡く銀糸は、セリスの心を弄ぶかのように輝く。
報われない想いと分かっているのに、それは心に絡みつき解けることはない。
いつまでも、セリスはその後を追っている。
今すぐに手を伸ばし、その銀糸に触れ、ユリアを抱きしめ、そして―――。
「…?お兄様、どうかしましたか?」
はっと我に返ったとき、自分が無意識に手を伸ばそうとしているのに気が付いた。
「…あ。ああ、いや…。」
その手を慌てて隠し、セリスはかぶりを振った。
ユリアはきょとんとした表情で小首をかしげている。
「ごめん、なんでもないよ。行こう。」
セリスが微笑むと、ユリアも安心したように笑みを見せ、踵を返した。
ふわりと無邪気に、その煌く銀糸を靡かせながら。
fin