[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
冷たく張り詰めたような空気が漂う城内に、足音だけが、薄暗い廊下に響き渡っている。
その足音と同じくらいの速さで、心臓が鳴っていた。
解放軍がすぐ近くまで迫っているとの報告を受けたイシュタルは、
主・ユリウスのいる王の間へ向かっていた。
(ついにここまで…。)
油断をしていたわけではないが、解放軍の快進撃には目を見張るものがある。
これが『光』の強さか、とイシュタルは拳を握り締めた。
大きな扉の前に立ち止まる。
イシュタルは小さく息を吐き、呼吸を整えた。
「………。」
扉を押そうとする右手が、一瞬止まる。
分厚い板を隔てて、禍々しい雰囲気が漂ってくるのを感じる。
中にいる主から発せられている気だ。
ずっと感じてきた、人ではない何かのもの。
それが、今まで以上に濃く強く感じる。
「………。」
イシュタルは頭を振ると、再び手を伸ばし、重い扉を押し開けた。
鈍く軋んだ音が辺りに響いた。
扉を開けて、すぐに目に入ってきたのは、主の美しい顔だった。
煌びやかな造りの椅子にゆったりと腰掛け、鋭い目つきがイシュタルを迎えている。
イシュタルは颯爽と歩み出ると、ユリウスの前に跪いた。
そして、解放軍が近づいてきていることを伝えると、ユリウスはふんと鼻を鳴らした。
「…ではユリウス様、私はヴァイスリッターを率いて帝都の守りを固めます。しばらくお側を離れることをお許しください。」
イシュタルの言葉に、ユリウスは彼女を見下ろしながら笑った。
「どうしたイシュタル、何を慌てている?奴等がどれほどの数で来ようとも、私を倒すことなど不可能なのだ。わざわざお前が出ることもなかろう。」
跪きながら、顔を上げて主を見た。
主は、禍々しい気を発しながら冷たい笑みを浮かべている。
イシュタルは再び、自分の足元に視線を落とした。
「はい…それはよくわかっています。」
しかし、とイシュタルは唇を噛んだ。
「私も誇りあるフリージ家の魔法戦士。両親や兄弟を殺されて、おめおめと生きてはおれません。どうか戦う機会をお与えください。」
「………。」
イシュタルの膝が微かに震えていた。
奥歯を噛み締め、心臓の鼓動をなんとか抑え込もうとした。
その様子を見てなのか、ユリウスはくつくつと喉の奥から笑いを漏らした。
「お前は死に急いでいるようだな。」
何故だ、とユリウスは椅子に座ったまま、前屈みになってイシュタルを見つめた。
「イシュタル。私から逃げたくなったか。」
あまりにも冷たい声に、イシュタルの肩が一瞬びくりと跳ねた。
ユリウスの視線を肌で感じる。
こくり、と喉が鳴った。
イシュタルは顔を上げ、ユリウスを真正面から見つめると、震えを抑えながら口を開いた。
「いえ…そんなことは…。私はユリウス様を愛しております…。」
それはイシュタルの本音だった。
しかし、と彼女は心の中で言葉を続ける。
(私は貴方を恐れてもいます…。)
しばらく黙ってイシュタルの目を見つめていたユリウスは、ふと口元を緩めた。
「まあいいさ。戦いたくば戦え、止めはしない。」
「はい…申し訳ありません。」
イシュタルは主に深く一礼すると、踵を返して王の間を後にした。
抜けるような青空に、暖かい風が心地良い。
イシュタルは目を細めて天を仰いだ。
(私は今から始まる戦いで命を落とす…。)
それはずっと前から感じていたことだった。
闇に覆われていた大陸を光で照らしてきた解放軍に、イシュタルは不安と焦りを感じていた。
(きっと、ユリウス様も…。)
主の力を信じてはいたが、その力に密かに怯えていた自分もいた。
イシュタルは主のいるバーハラ城を振り返った。
その真上だけに、黒い雲が渦巻いている。
悲しそうな瞳で微笑みながら、イシュタルは呟いた。
「さようなら、ユリウス様…。」
でも、またすぐにお会いできることでしょう。
なぜなら、私たちは地獄しか行く先がないのですから。
fin