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よほどのことがなければ、街中では、基本的に自由行動となる。
その日も街に寄ってから、適当な仕事を見つけるまでは滞在することにして、
仲間たちそれぞれが好きなように過ごしていた。
長い長い影法師が、白い石段の道に写る。
陽も沈みかけている頃、賑わう市場通りを楽しそうに眺めながら、ルインは宿屋へと向かっていた。
宿屋が見えてきたところで、ルインは二、三度目を瞬かせた。
入り口のすぐ横に腕を組みながら立っている、長い黒髪を持った男。
「セラ、こんなところで何をしているんですか?」
声を掛けながら傍に寄ると、セラの瞳がルインのそれと重なった。
セラの瞳は闇夜のような漆黒の色で、整った顔立ちと相成って、鋭くて冷たい印象を与える。
さらに、少々高圧的な態度や無愛想な雰囲気が全身から出ていれば、尚更だ。
初めて会った人なんて、敵意をむき出しにされているような気がして、あまり良い気分ではないだろう。
ルインだって最初の頃は、その瞳に慣れることができず、セラと無意識に距離を取っていた。
しかし、頼れる人はセラだけだったし、実際とても頼りになる人だということも分かり、
穏やかで友好的な性格の彼女は次第に慣れていった。
今の仲間たちの中でも、セラと気軽に話をするのは、ルインとほんの数人くらいかもしれない。
それでもやはり、急に漆黒の瞳で見つめられると、一瞬どきりとする。
何かを言いたそうなその瞳に、ルインは小首をかしげてもう一度瞬く。
「…夕食はもう済ませてきたのか?」
唐突な質問に、ルインは「え?」と小さく漏らした。
「ええと、この荷物を部屋に置いてから、行くところでした。」
「ならばここで待っているから、すぐに置いてこい。」
「え?」
ルインは再び目を瞬かせながら、セラの顔を見上げていた。
漆黒の瞳もまっすぐにルインを見つめ返しているが、表情はいつも通りの無愛想なまま。
(一緒に行こう、ってことかしら?)
「…わかりました。すぐに戻ってきますね。」
セラのすぐ横を通り過ぎ、宿屋の中に入った。
後ろ手で扉を閉めて、立ち止まる。
(…やっぱり、セラってよくわからない…。)
セラの後ろにつきながら辿り着いた場所は、市場通りにある酒場だった。
中は仕事を終えた人々が集まって、楽しそうに酒を飲んで騒いでいる。
ちょうど端に空いている席を見つけ、二人はそこに向かい合うような形で座った。
いざ向かい合ってみて、ルインは、久し振りに二人きりになったことに気がついた。
冒険者になったばかり頃はいつも二人きりだったが、街に着くと当然別行動だったし、
それでも、仕事のことを相談したくて二人で食事をしたりもしたが、それは極稀なことだった。
仲間が増えて二人旅もなくなってからを考えると、本当に久し振りだった。
妙な懐かしさに浸っていると、向かいからメニューを手渡された。
「あ、ありがとうございます…。」
メニューを受け取り、顔の前で広げてみる。
達筆な文字たちからそっと視線を動かして、上目遣いでセラの様子を伺った。
頬杖を付き、テーブルに置いたメニューを見つめている、漆黒の瞳。
それと同じ漆黒の髪と長い睫毛が、陽に焼けて血色の良い頬に影を落としている。
よく見なくてもわかるが、セラは綺麗な顔の造りをしている。
一緒に歩いていて、街の女性の視線が彼へと向けられているのを何度も目撃したことがある。
今だって、ウエイトレスや女性客が、たまにちらりとこちらを見ているのが分かる。
「決まったか?」
「えっ、あっ、ええと、はい。」
セラがウエイトレスを呼ぶと、呼ばれた少女はいそいそと二人の席までやって来た。
同じテーブルに向かい合うようにして座り、目の前に並べられた料理を前にして、
動かすのはフォークを持った手のみで、二人の会話はとても少ない。
元々セラは無口な方で、いつだって必要最低限のことしか話さない。
ルインもそれを知っていて、無理に話しかけることはしなかった。
それに、セラのそういう部分には慣れていたし、苦痛だと感じることもない。
騒がしい周りの雰囲気と、陶器の皿に当たるフォークの音だけが耳に入ってくる。
食事も終わりに差し掛かった頃、ルインの前に注文した覚えのない物が運ばれてきた。
ベリー系のフルーツとフルーツソースのかかった、とても可愛らしいパンケーキ。
「え?あの…これは…。」
疑問でいっぱいの表情でウエイトレスを見上げたが、ウエイトレスはにっこりと微笑んで去ってしまった。
困りきったルインは、同じ表情のままセラに目を向ける。
セラはセラで、黙々と食後の紅茶を飲んでいたが、ふと視線をルインに向けた。
「…食べろ。」
「でも、私…。」
言いかけて、はっと気が付いた。
(そういえば、今日…私の誕生日だった…。)
セラの視線は既に逸らされているが、ルインはセラを見つめたまま動きが停止してしまった。
(もしかして…。)
(今日、セラが誘ってくれたのは…。)
嬉しさを抑え切れなくて、頬は紅く染まり、口元が緩んでしまう。
「…このケーキ、セラが頼んでくれたの?」
うんともいいえとも言わないセラは、黙ったまま、紅茶の入ったカップを運んでいる。
「ありがとう、セラ。いただきますね。」
陽も暮れてすっかり夜になった、帰り道。
立ち並ぶ家々の窓から漏れる灯りの他にあるのは、月明かりだけ。
ルインは、前を歩くセラの背中を見つめていた。
彼の瞳の色と同じ漆黒の闇の中に溶けていきそうな後姿に、長い黒髪が風に揺れている。
今日の出来事が信じられなくて、それでもとても嬉しくて、頬はまだ紅く熱く。
ケーキの甘さが忘れられない。
ルインはそっと頬を両手で押さえてから、小走りでセラの横へと並んだ。
「あの、セラ。」
「………。」
なんだ、と答える代わりに、セラの瞳がルインを捉える。
「今日は本当に、ありがとうございました。」
「………。」
相変わらずの無言と無愛想な表情。
それが照れているからとはとても思えないが、それでもルインは構わなかった。
歩くときはルインの歩調に合わせてくれたり、困ったことがあれば相談に乗ってくれたり、細やかな気遣いだったり。
全ては、その漆黒の瞳の中にある優しさを知ることができたから。
fin