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初夏の夕暮れ。
風に揺れて擦れ合う草木の涼やかな音を聞きながら、静寂に包まれた墓地を歩く。
無機質な墓石たちは紅い夕陽に照らされて、漆黒の影を地に映している。
そのコントラストが、この空間を現実から引き離したように見せて、美しい。
一人になりたくて訪れたこの場所は、まさに願い通りに彼を迎えてくれた。
ある一つの墓石の前で、ネメアは立ち止まる。
刻まれた名前を見つめていると、そこに眠る彼女の姿、表情、声、全てが思い出された。
絶世の美女と謳われた彼女は、自分のせいで、今、ここに眠っている。
ゆっくりと視線を足元へ向けている途中、ネメアの目が止まった。
「……………。」
屈み込んで、そこに在るものに目を凝らす。
影が落とされている冷たい石の上には、名も知らぬ小さな青い花が数本置かれていた。
その中の一輪を摘み上げると、垂れた花びらは微かに揺れた。
―――政庁の誰かが供えていったのだろうか。
しかしその考えはすぐに打ち消された。
青い花はこの辺りでは見かけないが、野に咲いている花であろうことが、
それにあまり詳しくないネメアでも分かった。
誰かが道の途中で、この青い花を見つけ、ここに供えた。
―――いったい誰が?
ネメアは、自分のすぐ目の前で、青い花をくるくる回した。
薄い花びらを揺らしながら、素朴に、しかし可憐に舞う青い花。
目を細めてその様子を眺めていると、思わず笑みがこぼれる。
紅と黒と静寂に包まれているこの墓地に、小さな青い花は、どこかミステリアスな雰囲気を漂わせていた。
(………まさか………。)
青い花を眺めていたら、ある一人の少女の姿を思い出した。
この花と同じ、青い髪と瞳を持つ少女。
そして、どこかミステリアスな雰囲気を持つ少女。
(………彼女が、この花を?)
その考えは打ち消すことができなかった。
『彼女かもしれない』という予想は、予想でしかない。
しかし青い花を見つめているネメアは、緩やかな笑みを浮かべると、その一輪の花を持ったまま立ち上がった。
墓に背を向け、歩き出す。
心の中に、一人の少女の姿を思い描きながら。
fin