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オレンジ色の空は消えかけていて、かわりに紫色に染まる空が白い月を見せ始めている。
ユリアは、人気の少ない廊下を歩きながら、窓の外の隠れかけた夕陽を眺めていた。
その時、内ポケットの中の振動に気付き、携帯を取り出す。
サブディスプレイには、『メール』のマークと送信者名の『アレス』の三文字が横スクロールしていた。
それを見ただけで心臓は跳び上がり、鼓動が速くなる。
付き合い始めてまだ間もないユリアは、アレスからメールが届くたびにこの調子。
携帯を開き、微かに震える指で真ん中のボタンを押し、受信箱からメールを開く。
ユリアは思わず「えっ」と小さく声を上げ、目を見開いてもう一度内容を確認した。
アレスのメールが、短かくて絵文字や顔文字がないのは当たり前だから驚くことではない。
『校門前にいる。』
アレスが学校まで来ていることに驚いたのだ。
返信もせずに携帯をしまうと、ユリアは足早に階段を駆け降りた。
校門前に佇むアレスの姿を見つけ、銀色の長い髪をなびかせながら駆け寄った。
ほんの数日前に会ったばかりなのに、嬉しさがどんどん込み上げてくる。
「…アレス!」
名前を呼ばれて気が付いたアレスは微笑んで、駆け寄るユリアを迎えた。
夕陽の微かな光を反射させながら、黄金色の髪が風に揺れる。
「おかえり、ユリア。」
「た、ただいま…。」
初めてのシチュエーションに、ユリアはどぎまぎしながら慌てたように前髪と服装を整える。
「あの、今日はどうしたんですか?突然…。」
「ユリアを迎えに来た。」
「えぇ?」
二人の横を避けるようにして、他の生徒たちが通り過ぎる。
それらに混じって、クラスメイトらしき姿も見えた。
背中にちくちくと視線と囁き声を感じて、ユリアは顔を真っ紅にして俯いてしまった。
「行くぞ。」
「あ…。」
アレスがユリアの手を掴んだ瞬間、女の子たちの色めき立った声が後ろから聞こえた。
きっと明日、クラスメイトたちから質問攻めだろうな、とほわんとした頭で考える。
手を引かれて辿り着いた場所は、校門から少し離れた曲がり角。
そこの端に停められている一台の車を見つけた。
黒くて、きっとそれなりに高級なのだろうと思わせるような車に、ユリアは目を丸くする。
「乗って。」
「あ…は、はい。」
促されてそっと手を伸ばし、助手席のドアを開けた。
中に入ると、シトラス系の香りが車内を包み込んでいた。
(アレスの好きな香り…。)
それだけでユリアの胸は高鳴っているのに、運転席に座るアレスを意識してしまうと、
『となり同士』『ふたりきり』『シトラスの香り』の車内で、甘い熱に身体中が眩んでしまう。
車を走らせて、数分。
ふたりきりの車内に聞こえてくるのは、エンジン音だけ。
ゆったりと静かな時間を刻んでいる。
ユリアは、隣のアレスはもちろん、正面もまともに見ることができず、ずっと窓の景色を眺めていた。
窓ガラスごしに目の前を流れてゆく、色とりどりのネオン。
外はすっかり陽が沈み、煌く夜の色を見せていた。
初めての赤信号で車が停まっても、ユリアの目は窓の外を見ている。
紫色の瞳は外のネオンの景色を映し、桜色の唇はきゅっと結ばれたまま。
沈黙の空気を破ったのは、アレスだった。
「ユリア。」
ぴくりと華奢な肩が小さく跳ねた。
暗い窓ガラスに映ったアレスの顔は―――やはり暗くてよく分からない。
「…はい?」
平静を装いながら振り向いたユリアは次の瞬間、目の前のネオンも景色も。
全てが色褪せた。
ゆっくりと離れてゆく、唇の感触。
何度も瞬く紫色の瞳は、まっすぐアレスの蒼い瞳を見つめている。
頬を真っ紅に染めたユリアとは対照的に、いつもと変わらないアレスの微笑んだ顔。
思考の停止した頭で何かを言いかけたとき、信号が青に変わって車が走り出した。
「ユリアがいつまでも、外ばかり見てるから。」
それが、アレスの言い分らしい。
ネオンの灯りに照らされて、アレスの穏やかな横顔が見える。
依然として、『となり同士』『ふたりきり』『シトラスの香り』の車内。
ユリアは、真正面に広がっている窓の外の景色に目を移す。
夜の空に浮かぶ、真っ白な月と、そして、色とりどりのネオン。
fin