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暖かな日差しが降りそそぐ、ある日の午後。
水の都・アキュリュースには、平和な時間が流れている。
先の戦争では大した被害も受けなかったので、街の中に日常が戻ったのは早かった。
変わったことといえば、水の神殿が積極的に自衛団を作ったことくらいだろうか。
そのアキュリュース自衛隊長となったアンギルダンは、
広場の石造りの手摺りに寄りかかりながら、気持ち良さそうに天を仰いでいた。
「…良い天気だのう。」
「そうですね。」
すぐ隣にいる副隊長を務めている青年も、青く広がる空を見上げた。
「こんなに天気が良いと、遠出したくな」
「次回の視察は三週間後の予定です。」
遮ってまできっぱり言われて、アンギルダンは口をつぐんでしまった。
「ちょっと言ってみただけじゃ。」
気付かれないように小さく溜め息をつくと、再び天を仰いだ。
二羽の白い鳥が、真上を飛びかすめて行った。
「…あやつらは自由で良いのう。」
自衛隊長の暢気な独り言に、青年は噴き出した。
ディンガルに戻ることもできなくなっていたアンギルダンは、
水の巫女となった娘・イークレムンの頼みで自衛隊長としてアキュリュースで暮らすことにした。
今まで父として娘に何もしてやれなかったから、平和になった今は、娘の傍にいてやろうと思った。
娘と、娘が住み、かつて愛した女性と出会った街を守るために。
その時、隣にいる青年・サフォークに一緒に来ないかと、ダメ元で声を掛けた。
まさか、竜王を屠り大陸を救った英雄が、その誘いを受けるなんて思ってもいなかった。
副隊長となったアースは、アンギルダンの腹心の部下として、真面目にその仕事をこなしている。
自分について来てくれたことに感謝しつつ、もしかして、と思うことがあった。
「お二人とも、お疲れ様です。」
空から声の主に目を移すと、そこにいたのはイークレムンだった。
手には、二つのカップが載った盆がある。
「おお、イークレムン!」
退屈していたアンギルダンは、娘の登場に声を弾ませた。
「外は暑くて大変でしょう。飲み物をお持ちしました。一休みされてはいかがですか?」
「ありがたい。一休みするとしようかの。」
イークレムンから、果汁入りの水が入ったコップを受け取る。
にっこりと微笑む娘の顔を見ると、気分が一気に晴れやかになる。
「サフォークさんも、どうぞ。」
「ありがとう、イークレムン。」
「…じゃあ、わしは座って休もうかの…。」
そそくさと二人の傍を離れ、向かいにある石造りの椅子に腰掛けた。
広場の下を穏やかに流れる水を眺めながら、イークレムンとサフォークは何やら話をしていた。
楽しそうに笑う二人の、仲睦まじい姿を見ていると和やかな心地がして、思わず目を細める。
我が娘の姿は、母親のルフェイによく似ている。
頬を紅く染めてはにかみながらサフォークを見上げる顔は特に母親そっくりで、
目の前の青年に恋をしているのであろうことが伺える。
隣にいるサフォークも、イークレムンを良く思ってくれていることは薄々感じていた。
だから、自分について来てくれたのではないか。
いつ死んでもおかしくないこの年老いた身が、大切な娘に残してやれることはそのくらいだろう。
自分とルフェイが通った道を、イークレムンが辿ることもないだろう。
サフォークになら、安心して娘を任せられる。
どうか、この二人が幸せになるように―――。
祈りを捧げるアンギルダンの頭上を、二羽の白い鳥が飛んでいった。
fin