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その部屋は、大きな窓が厚いカーテンで覆われていて、昼間でも薄暗い。
どんよりとした雰囲気なのに、部屋の中には明るく弾んだ声が響いている。
唯一の灯りであるランプを前に、机に向かって椅子が二つ並んでいる。
それに座っているのは、部屋の主・アトレイアとハック。
二人が覗き込んでいるのは、ハックの持ってきた子供用の絵本。
「…では、もう一度読みますね。」
「はい!でも、ゆっくりで、お願いします。」
もちろん、と微笑んでから、ハックはゆっくりと本を声に出して読み始めた。
つつつ、と文字を指でなぞりながら。
アトレイアは一生懸命、ハックの指し示す文字を目で追っている。
そして、呟くように、ハックの言葉を繰り返している。
文字を勉強し始めたアトレイアは、酒場でもらったメニューだけでは飽き足らず、
たまに会いに来るハックに文字を教えて欲しいと頼み込んできた。
快くそれを承諾したハックは、仕事を終えて暇を見つけると、
他の町や村で手に入れた絵本をお土産に、アトレイアの部屋を訪れた。
「…し ろ い こ ね こ は あ る き だ し ま し た。」
ハックは、ゆったりと滑らかなテンポで。
「し…ろ、い…こ ね こ は あ…る き?…だ し…ま した…。」
後に続くアトレイアは、ぷちぷち途切れながらもなんとか正確に。
「ここまでを、アトレイア様一人で読んでみましょうか。」
一通り読み終えて、ハックはアトレイアにそう指示した。
「…私、一人でですか?」
ほっと一息ついていたところに、少しだけ不安気に揺れる大きな瞳。
はい、とハックが答えながらにっこりと微笑むと、アトレイアはこくりと喉を鳴らした。
「………はい、やってみます!」
胸の前で両手を握り締めて、気合を入れる。
その様子がとてもいじらしく、ハックは目を細めた。
「えっと…む か しむ か し…あ る とこ…ろ に…。」
恐る恐る、ゆっくりと、アトレイアが文字を読む。
ランプの光に照らされてうっすらと紅色の唇を、美しいと思った。
自分の指先で、文字をなぞりながら。
長い睫毛が守る若草色の瞳は、つい先ほどの不安気な色を見せていない。
ただただ、絵本の中の文字だけを映している。
二人だけの時間が流れる、平和な午後。
ハックとアトレイアだけの、大切な時間。
ハックはアトレイアの声を聴きながら、見守る。
一途な、その、横顔を。
fin