[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
自室の扉を開けた瞬間目に飛び込んできたものに、レムオンは眉根を寄せた。
色とりどりに咲き乱れている小さな花が、花瓶に活けられて書き物机の上に置かれていた。
様々な装飾品が飾られている部屋内に、それだけが妙に場にそぐわず、しかし逆に存在感を示している。
「あれは…?」
半ば独り言のように、怪訝そうに呟いたそれを、有能な執事は聞き逃さなかった。
「はい。それは、ルイン様がレムオン様にと。」
まるで問われるのを待っていたかのような、少し弾んだ口振り。
「ルインが来たのか?」
はい、と答えながら執事・セバスチャンは陶器の器に暖かい紅茶を注いでいる。
「ほんの数刻前になります。仕事があるとのことで、すぐに発たれました。」
長椅子に座るのと同時に、目の前の円卓に紅茶が差し出された。
器を手に取り、温かい紅茶に口を付けると、ようやくほっとした心地がする。
「あまり無理をなさらないように、とも仰ってましたよ。」
顔を上げると、セバスチャンはいつもと変らない微笑みを浮かべている。
「あいつが?」
義妹の姿を思い浮かべながら、ふんと小さく鼻で笑った。
一時の休みを終えると、セバスチャンは空いた茶器を持って部屋を後にした。
レムオンは大きな溜め息をつくと、書き物机の椅子に腰掛けた。
机の上に書類が小山のように積まれている。
執務室で捌き切れなかった書類を持ち込んできたものだ。
襟元を緩めながら、それらの書類ひとつひとつに目を通し始めた。
カチカチと時を刻む音だけが響く、静かな部屋。
たまに眉間を押さえながら、椅子の背に深くもたれる。
毎日が同じことの繰り返しだが、疲れたとは言っていられない。
ほんの少しだけ一息つくと、再び書類に目を向けた。
その時。
後ろの窓からふわりと清かな風が吹き込んできた。
書類が飛ばされないようにと押さえたとき、視界の端にちらつく色を見つけた。
風にあおられ、愛らしく揺れる小さな花たち。
ほのかに甘い香りが鼻をくすぐる。
仕事に忙殺される毎日で、義妹と顔を合わせることは無いに等しい。
それは彼女も同じことで、極稀に会っても簡単な挨拶を交わす程度。
それでも義妹は、会うと凛とした態度をとりつつも笑顔を向けてくれた。
レムオンが皮肉を言うと、子供のように唇を尖らせる。
色とりどりの花のように、ころころと変わる表情。
彼女には、癒される気がする―――。
最も、こんなことは本人には絶対に言えないし言う気もないのだが。
花瓶の中の花一輪を摘み上げると、指先でくるくると回してみせる。
義妹の姿を思い浮かべながら。
ふと我に返ったとき、目を細めて口元には微笑を湛えている自分に気がついた。
俺らしくもない、と独りごちるとすぐに嘲笑に変わり、花を花瓶に戻す。
思い浮かべた義妹の姿を振り払うかのように、再び書類に没頭することにした。
花瓶の花は、静かに微かに揺れていた。
fin