[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
漆黒の長い髪は風になびき、闘志を秘めた瞳は藍色に輝く。
舞うようなしなやかな動きで繰り出される剣戟は、まるで流れる星のように鋭く光る。
ノイッシュは彼女の戦う姿を、息を呑んで見守っていた。
女性でありながら、剣士として十分過ぎるほどの力を持つ彼女に、戸惑った。
「…囲まれたか。」
極僅かな空気の変化に気付き、足を止めた。
生い茂った木々たちの陰に隠れ、姿は見えないが、確かに人の気配がする。
ゆっくりと近づいてくるそれは、一人ではなく複数のもの。
アイラは浅く息を吐くと、目を閉じ、剣に手を掛けた。
ぱきり、と真後ろから枯れ枝が折れる音がした瞬間。
敵兵から振り下ろされる剣よりも早く、アイラの剣は相手の横腹に食い込んでいた。
それが合図かのように、潜んでいた敵兵たちが一斉に飛び掛ってきた。
戦の音を聞きつけたノイッシュがアイラの姿を目にした時、既に三人の敵兵が倒れていた。
しかし、まだ二人の敵兵がアイラを挟んでいた。
同時に二人を相手にしても、互角以上の戦いを見せるアイラに目を奪われる。
助けに入ることが無駄だと分かっていて、ノイッシュは唇を噛む。
杞憂だと理解していても、危ぶみ気遣う目で彼女の姿を追う。
やがて残っていた二人も地面に伏した。
アイラは剣を一振りすると、鞘に収めた。
彼女の無事な姿に安堵する。
ふと、アイラの更に奥にある薄暗い茂みに目を凝らす。
「…!」
それが弓兵で、構えられた矢の先にアイラがいるのを確認した瞬間、ノイッシュは馬を走らせた。
「アイラ王女!!」
「!! ノイッシュ!?」
アイラが叫んだのと、矢が放たれたのは、ほぼ同時だった。
ノイッシュの操る馬はアイラの後ろに走り込み、放たれた矢はノイッシュの右脇腹を掠めた。
「くっ…!」
痛みで体勢を崩しながらも、ノイッシュは弓兵に向かって持っていた手槍を投げた。
茂みの向こうから低く呻く声が聞こえた。
治療を終え自室に戻ったノイッシュのもとに、アイラが訪れた。
一国の王女が、他国の一兵士の部屋を訪れた―――
そのことに少々驚いた表情でノイッシュは出迎えた。
部屋の奥には、アレクとアーダンも居た。
「傷は大丈夫か?ノイッシュ…。」
アイラは沈んだ面持ちで、背の高いノイッシュの顔を見上げていた。
普段の凛とした雰囲気などなく、藍の瞳は翳りを帯びている。
ノイッシュは、大丈夫という意味も込めて微笑んだ。
「ご心配をお掛けして、申し訳ありません。」
礼儀正しく深々と頭を下げるノイッシュに、アイラは狼狽した。
「いや、謝らなければならないのは私の方だ。怪我をさせてしまい、すまなかった。」
「そんな、勿体無いお言葉です。アイラ王女が無事で何よりです。」
一瞬の沈黙の後、アイラの表情が緩んだ。
「………ありがとう。」
自室へと向かう足取りは軽く、窓の外を見つめる表情は晴れやかだ。
ノイッシュが無事で良かったという安堵の気持ちと、そして。
彼の、誠実で真面目な人柄に好感を持った。
傷を負わせてしまったが、あの時、自分を庇ってくれたことが嬉しかった。
扉を閉めて振り返り、ノイッシュは首を傾げた。
「…どうかしたのか?二人とも。」
「ノイッシュ君の怪我は、そういう事だったのか~。」
頬杖をついて薄笑いを浮かべているアレクに、アーダンが続く。
「真面目な振りして、実は既にお目当ての女性を見つけているとはな。
ノイッシュもなかなか、隅に置けないヤツだ。」
そう言うと、アレクと顔を見合わせて笑い合う。
ノイッシュはますます、首を傾げた。
「…男が女性を助けるのは当たり前だろう?」
はた、と二人の笑い声が止まる。
「…。」
「…。」
アレクとアーダンは顔を見合わせ、同時に肩を竦めた。
「やれやれ。やっぱりノイッシュはノイッシュだったってわけだ。」
「お前の真面目さには、ほとほと感心するよ。」
「…は?」
シアルフィ公国の騎士ノイッシュと
イザーク王国の王女アイラ
二人の気持ちは、歩み始めたばかり。
fin