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この男はどこまで真面目なんだろう。
アレクは目の前で木剣を振るノイッシュをぼんやりと見つめながら思った。
ある晴れた日の午後、二人は剣の稽古で中庭にいた。
適度に休憩を入れるアレクとは違い、ノイッシュは黙々と木剣を振り続けている。
正反対な性格の二人だったが、同期ということもあって仲が良かった。
「ノイッシュ、ちょっと休もうぜ。」
石段の木陰部分に腰を下ろしているアレクが声を掛けた。
「ああ、でも、もう少し。」
素振りのリズムに合わせてのノイッシュの答えに、アレクは苦笑とともにため息を漏らした。
(どこまで真面目なんだ。)
本日二度目の感想である。
実は、この稽古にはアレクの方から誘った。
目的は確かに剣術の向上だが、アレク自身にはもうひとつ目的があった。
数日前のこと。
廊下を一人で歩いていたアレクは、後ろから呼び止められた。
振り返り、立っていた人物を見て驚いた。
「アイラ様。どうしたんすか?」
イザークの王女であり、今は剣士として自軍にいる彼女。
ついでに言うと、親友と恋仲真っ最中である。
そんなだから、アイラと向き合っているアレクの顔が次第ににやにや緩んできた。
「俺に何か用ですか?まいったなー、こんなところノイッシュに見られちゃヤバイなー。」
笑いながらそんな冗談を言ってみたが、アイラは少し俯き黙ったまま。
「…今、少し、時間もらえるか?」
声のトーンも低いので、アレクの緩んでいた表情が何事かと変わった。
「ええ、いいすけど…。」
くるりと踵を返したアイラの後ろを辿るようにして歩き出した。
もしかして親友と何かあったのだろうか。
頭の中を嫌な予感が駆け巡った。
人目につかなそうな場所に着くと、アイラから切り出してきた。
「…ノイッシュのことだ。」
やはり、と思った。
(まあ、俺に用なんてあいつのことだけだろうけど。)
「ノイッシュがどうかしましたか?」
アイラの沈んだ表情に、さすがのアレクも眉根を寄せて深刻そうな顔つきになってしまう。
とりあえず、悪い予感を想像してそれに備えておく。
「あいつは…。」
「はあ。」
「わ、わたしのことを…。」
「はあ。」
ごくり、とアイラが息を飲み込んだのにつられて、思わずアレクも息を飲み込んだ。
アイラの胸の前で握り締めている両手に力が入っているのが目で見てもわかり、
思わずアレクも握っている手に力がこもる。
間を置いて、アイラの口が動いた。
「わたしのことを…好いてくれているんだろうか…?」
「…はあ?」
手に汗握っていただけに、予想外の言葉に力が抜けた。
目をぱちくりさせているアレクの前で、アイラは恥ずかしそうに頬を紅く染めていた。
あの沈んだような表情はなんだったんだ。
――でも、悪い予想通りにならなくて安心した。
ほっと胸をなでおろすと、今度はわくわくした気持ちが湧き上がってきた。
自然と顔がほころぶ。
「何かと思えば!アイラ様、そんなこと心配なさっていたんすか?」
笑い出したアレクに対し、
「そ、そんなこととはなんだっ。」
アイラが顔をさらに紅くして睨んでくる。
「わたしにとっては、だ、大事なことなんだ。」
そう言って、そっぽを向いてしまった。
唇の端を笑ってゆがめながら、目を細めてアイラを見る。
アレクには彼女の思いがわかるような気がした。
親友のノイッシュは、本当に、馬鹿がつくほど真面目である。
シアルフィにいた頃から、浮いた話を彼自身の口から聞いたことがない。
そのくせ、女性の扱いは丁寧なので密かにノイッシュに想いを寄せている女性が何人もいたことを知っている。
恋愛に奥手、というよりは鈍感なのだろう。
ノイッシュとアイラがどんな恋人関係を築いているのか――
それを目の当たりにしたことはなかったが、親友の性格からしてなんとなく想像はできた。
アイラに詳しく聞いてみると、ノイッシュらしいと思わざるを得なかった。
二人きりのときでさえ、彼は自ら進んで「好き」と言うことがないらしい。
触れてくることも少ない。
「キュアン殿とエスリン殿を見ていると、不安になるのだ。」
(そのお二人を手本にするのはちょっと無理があるとは思いますが。)
その突っ込みは喉のところで押し込めて黙ってアイラを見つめる。
女性としては、好きだという言葉や態度がないと不安になるものだ。
ノイッシュと正反対のアレクは、その辺のことはよくわかる。
「心配しなくても大丈夫ですよ。」
にっこり微笑みながら、アレクが口を開いた。
顔を赤らめていつつも不安げな表情のアイラを、安心させるように。
「…そう、か?」
俯いていたアイラが、ゆるゆると顔を上げる。
「あいつは好きになった女性を、簡単に裏切るようなやつでもないですよ。」
もちろんそんなのは想像でしかないが、親友の性格はよくわかっているつもりだ。
あいつに限って、女性に対してひどいことをするような男ではない。
「大丈夫です。」
力強くそう言うと、アイラはようやく安堵したような表情になった。
「そうか…ありがとう。」
「――ところで。」
「ん、なんだ?」
胸のつかえが取れたかのように弾んだ声のアイラ。
にこにこと嬉しそうに微笑んでいる。
「なんで俺に聞くんすか?直接本人に聞けば良いじゃないですか?」
そう言うと、アイラは再び頬をさっと紅く染めた。
「そんなこと、恥ずかしいじゃないか!」
そんなやりとりを思い出しながら、
「おい、ノイッシュ。」
もう一度親友の名前を呼んだ。
もうひとつの目的は、直接本人に聞いてみることだ。
別に「俺が本人に聞いてみましょう」と約束をしたわけではなく、
二人の関係と親友の恋愛沙汰に個人的に興味があったから。
アレクの二度目の呼びかけにようやくノイッシュが応じた。
大きく息を吐いたノイッシュは、額の汗をぬぐいつつアレクの隣に腰掛けた。
「まったく、お前はほんっとーに真面目なヤツだな。」
とうとう、今日一番心の中で思っていたことを口に出してみた。
ノイッシュは笑いながら答える。
「アレクが不真面目すぎるだけじゃないのか?」
ふん、と軽く流し、アレクはさっそく本題に入った。
「――お前、アイラ様とはどうなの?」
「順調だよ。」
汗を拭きながら普通に答えるノイッシュに対し、
「あっそう。」
ちょっと拍子抜けしてしまった。
恋愛沙汰に関しても、ノイッシュはノイッシュらしかった。
同じ真面目騎士でも、フィンだとすぐに顔を赤らめてしどろもどろになるというのに。
「アイラ様が不安がってたぞ。」
「えっ、なぜ?」
ノイッシュの手が止まり、目を丸くしてアレクに顔を向ける。
「自分はノイッシュに好かれているんだろうか――ってさ。」
そんな、とノイッシュが驚いた顔をした。
本当に鈍感だな、と改めて呆れると同時に親友らしいなとも改めて思う。
しかし。
「俺はアイラ様を愛しているのに。」
親友のまさかの爆弾発言に、アレクは思いっきりのけぞった。
「…それは本人を前にしてから言え!!!」
「―――だそうです、アイラ様。」
一人でいるアイラをつかまえて、アレクは昼間あったことを彼女に話した。
内容が内容なだけに、最初は不安がっていた彼女だったが、
「本当か?」
話を聞いたアイラは頬を赤らめて目を輝かせ、まるで少女のような眩しい笑顔を向けた。
「俺の言ったとおりでしょう?」
アレクの問いにアイラは嬉しそうに「ああ」と答え、そしてちょっとはにかんで
「わ、わたしもノイッシュのことを愛」
「本人に言ってやってください!!!」
寸でのところで阻止した。
「ああ、そうだったな。ありがとう、アレク!」
ぱたぱたと足取り軽やかに去っていくアイラの後姿を見つめながら、
「疲れた。」
アレクはぽつりと呟いた。
fin