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2月7日。
いつもと変らない退屈な仕事を終えた午前中。
午後も同じようにいつもと変らない仕事―――となるはずだったのだが、
「レノ、すまないが今日はこれを届けて欲しい。」
上司のツォンが差し出したのは、ピンクのリボンでラッピングされた大きな箱。
この包装紙は今若い女性達に大人気とかいうブランドのものだ。
「ああ、そうでしたね。りょーかいです、と。」
箱を受け取ると、そのまま机に置いた。
「それと、これも。」
ツォンは上着の内ポケットから一通の封筒を差し出した。
たぶん、じゃなくても中身はバースデーカードであることは容易に想像できた。
レノはそれを一瞥すると、
「…こういうのは直接本人に手渡した方が喜ぶんじゃないスか?」
からかいを含めたレノの言葉に、ツォンは軽く受け流すように笑った。
「ほんの恒例行事のひとつだ。」
そう言うと、ツォンはレノに背を向けてオフィスを出た。
古代種の少女を神羅に協力するよう説得する――というのが上からの命令――ことはタークスの仕事の一つであり、
主に担当しているのはツォンである。
今日はツォンに別件の仕事が入ったためレノが引き継いだ。
聞いたところによると、ツォンと古代種の少女の付き合いは長いらしい。
レノはカタカタをパソコンを操り、タークスの共有フォルダをクリックした。
更に、古代種の少女説得に関する報告書をクリック。
報告書には自分がまだタークスに配属されていない頃のことも書かれている。
2月7日。エアリスの誕生日。
毎年この日は彼女にプレゼントを届けているらしい。
簡単に言ってしまえば、ご機嫌伺い。
プレゼントをくれたことに恩を感じれば協力しやすくなるだろうという考えだ。
しかし、彼女も彼女の母親も神羅側の意図はわかっているので頑として受け取らず、毎年返されているようだ。
「ま、そりゃそうだよねぇ。」
苦笑しながらひとりごちて、隣に鎮座する箱に目をやる。
プレゼントは毎年ツォンが選んでいるのだろうか。
上から言われていることなのでどうせ経費で落ちるが、つき返されるのをわかって届けるなんてご苦労なことだ、と思った。
このカードは受け取ってもらえるのだろうか。
せめて、このカードだけはなんとしても渡さないと。
上着の内ポケットにカードを仕舞い込むと、レノもオフィスを後にした。
重い扉を押し開けると、ぎぎぎ、と乾いた音が鳴る。
そのため、教会奥にいた人の視線がレノに集中した。
思わずレノは顔をしかめる。
目的の少女――エアリスの他に、そこにはスラムの子供たちが数人いたからだ。
「あー、黒いひとだー。」
「黒いひとこわーい。」
子供たちは遠慮というものを知らない。黒い人黒い人と連呼し、ジロジロ見てくる。
一瞬「?」という顔をしたエアリスはそんな子供たちに笑顔を向け、帰るよう促した。
素直に言うことを聞いた子供たちは口々に彼女へお祝いの言葉を述べ、扉へと駆けてきた。
すれ違いざまにべーっと舌を出してきた子供もいたが、気にしない素振りを見せてやった。
ばたん、と扉が閉まり外の子供たちの声が遠ざかると、教会内は静寂に包まれた。
これでいつもの教会の様子になった。仕事はここから。
レノは小さく咳払いをすると、こつこつと靴音を鳴らしてエアリスに歩み寄った。
先に口を開いたのはエアリスだった。
「毎年毎年、神羅さんも律儀ね。」
レノがベンチにプレゼントの包みを置こうとすると、
「あっ、そこだめ!」
さっとエアリスが割って入った。
何事かと目を向けると、色鉛筆でカラフルな絵が描かれているメッセージカードに折り紙を切って貼ったような紙細工があった。
「子供たちがくれたプレゼントなの。」
一つ一つを手にとって嬉しそうに目を細めるエアリスに、レノは頭をかいた。
「じゃあこれもそこに加えてもらえるかな、と。」
ベンチの端っこに箱を置いたが
「お断りします。」
ぷい、とそっぽを向いて拒否られてしまった。
当然の反応といえば当然だし、会社が買ったプレゼントだ。
断られても痛くも痒くもない。
とはいえ―――。
「そんなこと言わないで。ほら、これ今人気のブランドなんだぞ、と。」
箱を指差して見せても反応は薄い。
「…いらない。上で流行っているものなんて興味ないし、それに―――。」
エアリスはくるりと向き直った。
首をちょっと傾げ唇はきゅっと結び眉はきっとつり上がっている。
その子供らしいしぐさと表情に、少し頬が緩んでしまった。
「そんなもの、ここではなんの価値もないわ。」
ここ、とはプレートの下の、スラムと呼ばれる世界のことを言っている。
確かにブランドでわいわい騒いでいるのは上に住む人間だけ。
上に住む人間はプレート下のことなんて気にも留めていないの。
会社は、「相手は女なんだからブランド物でも渡せば良いだろう」程度に思っているのだろうか。
自分の会社ながら手際の悪さに苦笑を漏らした。
「じゃあ、これ。」
内ポケットに手を突っ込み白い封筒を取り出す。
エアリスは目を瞬かせてレノとそれを交互に見た。
「…レノ、から?」
どことなく嬉しそうなトーンなのは気のせいだろうか。
「いーや、ツォンさんからだぞ、と。」
「ツォンから。」
その一言にも嬉しそうなトーンは滲み出ていた。何故か悔しい。
エアリスは封筒を受け取ると、いそいそと封をしてあるシールを剥がした。
中から現れたのはブーケを模したバースデーカードで、メッセージはこちらからは見えなかったが、それを目で追うエアリスの表情はほのかに紅潮していた。
「…ツォンさんからのプレゼントは受け取るのか。」
なんとなく憮然とした表情でレノが言うと、エアリスは
「ツォンのは別。」
「トクベツ、ってやつかな、と。」
「そういう意味じゃないけど。」
「じゃどういう意味で?」
うーん、とエアリスは小首を傾げた。
「ツォンは小さい頃から知ってるし…。」
「………。」
「何の裏もなさそうだし。」
おいおいそれはないだろう、と突っ込みたくなったが言葉はごくりと飲み込んだ。
代わりに、ふーん、と曖昧な返事をした。
「さて、そろそろ帰ろうかな。」
花壇の手入れ道具を片付け始めたエアリスは、その籠の中に大事そうに子供たちとツォンからのプレゼントをしまった。
「今夜はお母さんと一緒に夕飯を作るの。」
レノが突き出した箱はやはりつき返されてしまい、
「それじゃ、ね!ツォンによろしく伝えておいて!」
ひらひらと手を振るとエアリスは駆けていってしまった。
所在なさ気なプレゼントを持って立ち尽くしながら、レノは一言、呟いた。
「…言い逃しちまったぞ、と。」
後日、エアリスの元に一枚の封筒が届いた。
差出人不明で、しかも過ぎてしまったバースデーカード。
教会にレノがやって来たとき、エアリスは後ろ手に持っていたカードを取り出した。
「これ、レノでしょう?」
レノは頭をかいた。
「あー、まあ、そうだね。」
普段と変らず気だるそうな態度の中に、初めて見る照れてる風に、エアリスは楽しくて仕方がない。
「ありがとう、レノ!」
fin