一方通行

酒場に行くと、奥にあるカウンターに見慣れた男の背中。
目的の人物がいたことにほっとしながら、少女は中へと一歩足を踏み入れた。
丸いテーブルを囲んで楽しそうに飲み笑い語り合う男たちもいれば、一人静かにお茶を飲む初老の男性の姿も見える。
カウンター席の男は、後ろに立った少女に気が付いていないようだった。
「こんにちは。」
後ろから少女が声を掛けると、
「よう。元気かい？」
振り向いたゼネテスは少女がいたことに一瞬驚いた顔をしたが、すぐに陽焼けた肌に白い歯を見せて微笑んだ。
「こんなところにいるなんて、珍しいのね。」
少女はゼネテスの隣の席へと腰掛ける。
「普段はこっちじゃ飲まないんだが料理がイケてるんでな。たまに来てるんだ。」
そしてごくりと酒を一口仰いだゼネテスを見、少女はマスターにルーマティーを頼んだ。

「料理っていやあ、実はエリスの叔母貴はかなり、料理がうまいんだぜ。」
ルーマティーが運ばれてきたのを見計らって、ゼネテスが話を切り出してきた。
お茶の入った器を両手に、「そうなの？」と少女は目を見張った。
「意外だろ？」
ゼネテスがにやりと笑う。
確かに、と少女はエリス王妃の姿を思い浮かべた。
貴族とか王家とか、そういうものとかけ離れた暮らしをしてきた少女には、
王妃が料理をするだなんてちょっと想像しがたい。
ゼネテスは、少女の驚き顔に楽しそうに笑みを浮かべた。
「叔母貴の料理を食う機会があってさ。あんまり、うまいんでな。俺は叔母貴の分まで食っちまったよ。」
「ゼネテスらしいわね。」
二人の間に明朗な笑い声が流れた。

はたり、とゼネテスから笑い声が止んだ。
「…？」
少女は訝しげに男の表情を見つめたが、普段と変わらない飄々とした――しかし笑みを含んだ表情はどこか寂しげだった。
ゼネテスの目線は、酒の入った器に注がれている。
「あ、なんだ。お前さんも誰かを好きになるだろうけれど」
『好き』という意外な単語が出てきたことで、少女の心臓はどきりと鳴った。
もしかして、ゼネテスは気が付いてる？
自分の頬が紅潮してゆくのがわかった。
それに気づかれないように少女はお茶の入った器に口をつけた。
そして上目遣いで、隣にいるゼネテスの横顔を見やる。
少女の視線に気が付いていないのか、ゼネテスは言葉を続ける。
「好きになる相手は考えなくちゃな。」
「…はい？」
「失敗すると、つらいと思うぜ。」
少女は口をつぐんだ。
よくわからないけれど、少女は自分の心がしおしおと萎んでいくのを感じた。
依然として、ゼネテスの視線は器へと注がれている。
いったい何を見ているのだろう、と少女は考えたが、その答えは自分の中にすぐに思い浮かんだ。

雰囲気を察知してか、ゼネテスが明るい声で言った。
「ま、恋愛ってのは、そんなに割り切れたもんでもないんだろうがな。」
そして器に残っていた酒をぐいっと一気に飲み干した。
ふう、と隣からゼネテスが一息つく声を聞きながら、少女の視線は器へと移っていた。
ゆらゆらと揺らめくお茶の水面には、自分の顔が映っている。
きゅっと結ばれた唇、軽く寄せられた眉、ちょっとだけ不満というような顔。
「……失敗を先に考えて人を好きになることはないわ。」
ゼネテスが「ん？」という顔で少女を見やった。
少女も顔を上げ、真っ直ぐにゼネテスの目を見つめる。
「一筋縄ではいかないからこそ、燃えるんじゃない。」
そして少女もまた、器に残っていたお茶を一気にあおった。
かたん、と音を立てて器を置き、ふうと一息。
「…お前さんも言うね。」
少女の様子をただ眺めていたゼネテスは、楽しげにニヤリと笑って言った。
「竜殺しだもの。」
甘く見ないでよね、と付け加えた。

本当に、この片思いは一筋縄ではいかなそうだ。



fin

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あとがき↓

この話を書くにあたり、【 HEAVEN'S DOOR 】様の「word」を参考にさせて頂きました。
エリス←ゼネテス←女主という構図が好きなのかもしれません。



08.11.08