[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
吐き出された煙草の灰色の煙が、上へ上へと舞い上がるうちに白くなって消えていく。
そんな様子には見向きもせず、レノは書類が山積みされたデスクに向かっていた。
目の前には青い光を放つパソコン画面。
リズムを刻むキーボードが、その中を黒い文字で埋めてゆく。
[Enter]キーを押した瞬間、耳障りな高い機械音とともに赤い画面、そして[ERROR]の赤い文字。
「……………。」
椅子の背もたれに寄りかかり、灰色の天井を見上げ、レノはもう一度灰色の煙を吐き出した。
書類の山。
赤いパソコン画面。
灰色の煙。
灰色の天井。
視線を窓に移すと、灰色の雲。
「…外、行ってきます、と。」
上司からの短い返事を聞きながら灰皿を掴み寄せて煙草をもみ消し、レノは立ち上がった。
椅子にかけていたスーツの上着を掴み、羽織る。
オフィスを出る間際、ドア付近にある電光掲示板の自分の名前を押すと「外」という緑の文字が現れた。
黒い車が街中を走る。
窓から見える景色は、悪趣味でいろとりどりのネオンで溢れかえっている。
それなのに、道行く人の色は灰色だったり黒だったり。
そのアンバランスさはいつもの景色なので、レノは別に気にも留めなかった。
ラジオからは女性の歌声が流れ出ていたが、趣味ではなかったので消した。
目的地に着いたが、レノはまだ車から出なかった。
咥えている煙草を肺いっぱいに吸い込み、吐き出された灰色の煙を名越惜しそうに目で追いながら、
しかし忌々しげに車の灰皿に押しつぶした。
教会の扉の前に立った。
雨風にさらされて古びた木の扉が目の前に立ちはだかっている。
それでも、なぜだかそれは優しげな色をしている、と思った。
軽く力を込めて押し込むと、ギギギ、という鈍い音がして扉が開いた。
その瞬間、目に飛び込んでくるいつもの光景は、本当にほっとする。
扉と同じく古ぼけたいくつもの長椅子。
風圧で空中を舞っている白っぽい塵。
教会の中央には、いろとりどりの小さくて可憐な花たち。
それらは僅かな陽の光を受けながら一生懸命に咲き誇っている。
その姿に愛らしさを覚えない者はいないだろう。
そして、その前にしゃがみこんでいる少女の柔らかなブラウンの髪。
薄桃色のリボンを揺らしながら、少女――エアリスは立ち上がって振り返った。
「あら、こんにちは。」
そう言ってふわりと微笑む。
いろとりどりの花たちの中に、もう一輪、可憐な花が咲き出したような彼女の微笑み。
無機質で冷たい世界の中に存在する、カラフルな別世界。
そして、そこに存在する暖かで優しげな空間。
靴音を響かせて、レノはエアリスの元へと歩む。
まっすぐ、まっすぐ
いつもなら目の前で立ち止まるのに。
一直線に歩み寄ってきたレノに、エアリスは首を傾げて
「どうしたの?レ―――。」
そのまま抱きしめられて、エアリスの言葉は途中で遮られた。
「???」
レノの腕の中で、エアリスは頬を朱に染めて身をかたくする。
耳元で聞こえる彼の心臓音と鼻先に漂う煙草の煙の匂いで、エアリスは『抱きしめられている』ことを実感する。
「…ねえ、どうしたの?レノ。」
恥ずかしくて身をよじるけど、男の力には敵わない。
それが逞しく思い、ちょっと怖いとも思った。
「…いろ。」
「え?」
ぽつりと呟かれたレノの言葉。
エアリスは聞き取ることができなかった。
「…なんでもない。もう少し、このまま。」
「………。」
背中に回された腕にほんのりと力が篭ったのがわかった。
そこから伝わる熱、耳元の音、煙草の匂いに包まれて、エアリスはそっと目を閉じた。
fin