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夜の風が、バルコニーに立つユラテの髪を優しく撫でてゆく。
酒場から聞こえてくる微かな笑い声以外の音はない静かな夜だった。
辺りは家々から漏れるランプの灯りでほんのりとオレンジ色に染まっている。
その灯りよりも輝いているのは、濃紺色の夜空に浮かぶ数多の星、そしてぽっかりと浮かんでいる月。
ユラテはその月をじっと見つめていた。
「………。」
綺麗な曲線を描いている月。
星たちよりも強い光りを放っているそれは、まるでユラテを見下ろしているようにも思える。
それに応えるかのようにユラテも、ただ静かに一心に見つめていた。
「…何かを…思い出しそうなんだけど…。」
なんだっけ、とひとりごちてみたが、声は夜風に紛れて消えた。
「ユラテ、また月を見てるの?」
声がした方を振り返ると、
「ルル。…うん、そうなの。」
リルビーの少女・ルルアンタが、ぱたぱたとユラテの隣に並んだ。
「今夜の月も、きれいだねぇ。」
ルルアンタの無邪気な声に、ユラテが笑みを漏らす。
「…うん、きれいな月。」
そしてもう一度、夜空の月を見上げた。
悲しくなるほどの綺麗な月。
「…ユラテ、何か悩みでもあるの?」
「ふえっ?」
突然そう問われて、ユラテは素っ頓狂な声を上げてしまった。
目をぱちくりさせながらルルアンタを見下ろすと、少女は眉根を寄せて心配そうな顔を向けていた。
「ユラテ、最近ずっと月ばっかり見てるし。」
「………。」
「月を見てるときのユラテ、なんだか悲しそうだよ。」
そう言うと、ルルアンタはしゅんと肩を落とした。
姉妹のように育ってきた二人。
二人は互いを大切に思っている。
相手が楽しそうなときは自分も楽しいし、相手が悲しいときは――
ルルアンタは笑顔で励ましてくれた。
その笑顔に何度救われたことか。
ユラテは、ルルアンタが肩を落とした理由を察した。
自分は月を見上げているとき、悲しそうな顔でもしていたのか。
悲しい――月を見上げるたびに心に響いていた痛みは、悲しいからだったのかな。
――なんで悲しいんだろう?
考えてみたが、その理由はわからなかった。
しゃがみこんで、少女の小さな肩に手を伸ばす。
「ごめんね、ルル。そんな悲しい顔しないで。」
「…ユラテぇ。」
いつもの笑顔は消えていて、眉をハの字にしてルルアンタはユラテを見つめてくる。
「なんでもないよ、心配かけてゴメンね。」
「…ホント?」
「うん、ホント!」
ユラテがにっこり微笑むと、ようやくルルアンタの頬が赤みを帯びた。
「良かったぁ!」
いつも通りのルルアンタの極上の笑みに、ユラテはほっと胸を撫で下ろした。
「お部屋に戻ろう!あんまり外にいると、冷えちゃうよ!」
「うん。」
ルルアンタに手を取られ、部屋へと向かう。
ユラテはもう一度月を振り仰いだ。
心が小さくいたむ。
悲しい、せつない、不思議な気持ちだった。
前にも誰かと一緒に月を見上げたことがある?
うーん、と首を捻ってみたが、
(―――まさかね。)
そのまま、二人の姿は部屋の中へと消えた。
fin