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奇妙な――と言うのは主に悪いが――縁で名門貴族の妹に仕立て上げられた少女は、
甘んじてその役目を受け入れていた。
それが彼女がそういう性格だからだと言われればそう思うしかなかったが、
セバスチャンには少女の気持ちがわからなかった。
なぜ、彼女は「妹」として振舞おうとするのだろうか。
少女――ルインは、貴族社会とも何の縁も無い冒険者だった。
それが、主――レムオンを助けたきっかけでこのロストールの政界に巻き込まれた。
無関係だったのに、と不満のひとつでも出るのが当たり前だと思うのだが、
ルインは一言も口に出したことがなかったし、表情に出したこともなかった。
レムオンを「お兄様」と呼び慕い、冒険の合間にはロストールに寄り、屋敷に顔を出していた。
リューガ家当主であるレムオンは仕事でなかなか会うことができない。
そんなときはセバスチャンが応対するのだが、ルインは「お兄様は元気ですか?」と必ず尋ねる。
ええ、と答えると、彼女は嬉しそうな笑みを漏らすのだった。
もしかしたら、彼女は主に恋愛感情を抱いているのではないか。
セバスチャンは、ルインの笑顔を見るたびにそう思うようになった。
この日も、ルインはロストールを発つ前に屋敷に寄った。
ソファに腰掛けてセバスチャンの淹れた紅茶を飲む彼女に、それとなく問いかけてみた。
「ルイン様は、なぜ、リューガ家の妹になることを選んだのですか?」
両手でカップを持ったままはたと動きが止まり、ルインは目を瞬かせた。
変に思われないように、セバスチャンはにっこりと微笑んでみせる。
カップを皿に置き、ルインは唇に手を当てて考えるようなしぐさをした。
「…エストに言われたから、でしょうか。」
「エスト様?」
はい、とルインが答える。
「『兄さんを見捨てないで欲しい』『兄さんを守って欲しい』と、お願いされました。」
セバスチャンは、リューガ家次男のエストの顔を思い浮かべた。
「わたしにも兄がいますから、エストのレムオンさんを思う気持ちがわかります。」
ルインは続ける。
「わたしにできる範囲で、レムオンさんを守ろうと思います。」
「…そうですか。」
と、セバスチャンはまたにっこりと微笑んだ。
そのとき、二人がいる部屋の扉が開いた。
きりの良いところで仕事を終え休憩しようと現れたレムオンだった。
「レムオン様。」
セバスチャンがその名を呼ぶと、ルインが嬉しそうに立ち上がった。
「お兄様、こんにちは。」
「来ていたのか。」
歩きながら襟元を緩め、レムオンはソファに座った。
それと同時にセバスチャンはお茶を差し出し、ルインも再びソファへと腰掛けた。
「相変わらず、お忙しそうですね。」
「そうだな。」
会話を始めた二人を、セバスチャンは黙って見つめていた。
そういえば、レムオンはルインと話しているとき、ごくたまに笑みを見せることがあった。
――わたしにできる範囲で、レムオンさんを守ろうと思います――
そう言った彼女の紫水晶の瞳からは、強い意志のようなものを感じた気がした。
エストとの約束や共感、行方不明の兄への思いなど、彼女なりにいろいろと抱えているものがあるのだろう。
ルインの無邪気な笑みに目を細めながら、セバスチャンは実の兄妹のような二人の姿を眺めていた。
fin