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クローゼットから怪しげな音が鳴った。
何かが忍び込んだかのような音がしたかと思えば、
こんこん、と部屋の扉をノックするような音が響いた。
普通の人の反応だったら、警戒するなり逃げ出すなりするかもしれない。
しかし、その部屋の主・アトレイアは、音を聞くなり嬉しそうにクローゼットへと駆け寄った。
「どうぞ。」
ゆっくりとクローゼットが開かれ、出てきたのはアトレイアが思っていた人物だった。
「こんばんは、アトレイア様。」
「こんばんは、ハックさま!」
彼の来訪がよほど嬉しかったのだろう。
アトレイアは王女らしからぬ、まるで幼い子供のように目を輝かせてハックを出迎えた。
その様子を見て、ハックも思わず笑みが零れる。
「お元気でしたか?」
「はい!」
それは良かった、とハックが微笑むと、アトレイアも愛らしい笑みを返してくれた。
「今夜は星がとても綺麗ですよ。一緒に庭園に行きましょうか。」
「はい!」
二人は、空中庭園を並んで歩いていた。
周りには誰もいない。
手入れされた花々は閉じこもるように花びらを丸め、
青々と茂っている低木の間からは涼やかな虫の鳴き声が響いていた。
濃紺の空には、綺麗な弧を描く三日月とまるで宝石を散りばめたかのような星達が輝いている。
アトレイアは歓喜の声をあげた。
「きれいですね!」
「ええ。」
両手を広げ楽しそうに天を仰ぐ彼女の姿に、ハックは目を細める。
月と星の光りだけが降りそそぐ夜。
夜のように暗い部屋にいる時よりも、本物の夜の下にいる彼女はとても綺麗に映った。
「ほしって、いったいいくつあるんでしょうか?」
「数えてみますか?」
「えっと、ひとつ、ふたつ…。」
無邪気に数え始めたアトレイアに、ハックは思わず噴出した。
「…ああ、どこまで数えていたか、わからなくなってしまいました。」
「流れ星って知ってますか?」
「ながれぼし?」
ずっと空を見上げていたアトレイアは、ハックに目を移して首を傾げた。
「わかりません。どんな星ですか?」
好奇心の塊のような目を輝かせ、詰め寄る。
アトレイアは、知らないことをなんでも知りたいと思うようになっていた。
それも全て、目の前にいる少年のお陰だった。
目が見えるようになりたいという願いを叶えてくれたのはハックであり、
外の世界が驚きに満ちていることを教えてくれたのもハックだった。
今度はどんなお話が聞けるのだろう、アトレイアの胸は高鳴った。
「流れ星は、その名前の通り、空を流れる星です。」
「空を、ながれる?」
「そうです。すぅっと滑り落ちていくように、星が流れていくんです。」
そう言いながら、立てた人差し指をすっと空中で動かした。
「はぁ。」
想像しづらいのか、アトレイアは再び空を仰いだ。
一体どんな想像をしているのだろうか、とその横顔を見ながらハックは微笑む。
「その流れ星を見たとき、心の中でお願い事をすると、叶うと言われています。」
「お願いごとが、叶うんですか?」
「そう言われています。」
「見てみたいです、ハックさま!星が流れるところ!」
アトレイアに詰め寄られたハックは苦笑する。
「いや、残念ながら、そんなに滅多に見られるようなものではないんです。」
「そうなんですか?」
残念そうに、というよりは不思議そうな顔をした。
「運が良ければ、今日のように星が綺麗な夜に、見られるかもしれません。」
それ以来、アトレイアは、昼間はぎっちりと締め切っているカーテンを、
星の綺麗な夜だけは開け放ち夜空を眺めるようになった。
初めて流れ星を見たのは、それから数日経った頃だった。
想像していたのと違って、流れ星は消え行くのが早かった。
あっ、と小さな声を漏らし、ぱちぱちと瞬いた頃には光る尾を残して消えていた。
「………。」
初めて見た流れ星に、アトレイアの胸はどきどきと高鳴っていた。
こんなに胸が高鳴るのは、ハックと一緒のとき以外初めてのことだった。
そう考えると、流れ星がまるでハックのように思えてきた。
突然現れて、光が欲しいという願いを叶え、アトレイアを喜ばせて、また去って行く。
また流れ星が現れないかな、とアトレイアは一心に空を見上げた。
その次に流れ星を見たとき、アトレイアは目を閉じて願い事を呟いた。
それからまた数日後。
月明かりの差し込む部屋に、クローゼットからノックの音が響いた。
「はい!」
現れたのは、待ち望んでいた少年だった。
「こんばんは、アトレイア様。」
「こんばんは、ハックさま!」
アトレイアが嬉しそうに駆け寄って、ハックを出迎える。
いつもの光景だった。
しかし、ハックは窓辺が明るいことに気がついた。
「カーテン、開けているんですね。」
「はい、星がよく見えるように。」
「流れ星には会えましたか?」
「はい!」
アトレイアは嬉しそうに笑う。
月の光の下で、やはりその笑顔はとても愛らしかった。
「私、思ったんですが…。」
「うん?」
アトレイアはハックの手を引いて、窓辺に並んだ。
窓枠から零れてしまいそうなほどの、星の海が広がっている。
「ハックさまは、流れ星みたいですね。」
「え?」
「いつも突然会いに来てくれたり、私のお願いを叶えてくれたり…。」
「そう、ですか?」
無邪気なアトレイアの言葉に、ほんのりと胸が熱くなる。
「私、流れ星にお願いしたんです。」
「どんなお願いですか?」
「ハックさまと、ずっと一緒にいられますように、と。」
「………。」
思わず、ハックの頬が紅くなる。
それを知ってか知らないでか、アトレイアは続ける。
「そしたら、すぐに叶いました!私にとっては、ハックさまは流れ星です。」
「アトレイア様…。」
胸が熱くなり、ただ彼女の名前を呟くことしか出来ないでいるハックに、
アトレイアは月の光の下で愛らしい笑顔を浮かべた。
fin