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最後の敵を剣で薙ぎ払うと、後に残ったのは足元に広がる血の海と静寂だった。
荒れた息を整えるルインの横では、セラが剣を振り払い鞘に収めていた。
彼女のように息が乱れている風もなくいつもと変らない表情でいるセラを、
ルインはさすがだと思うと同時に心の中に影が広がっていくのを感じていた。
セラと旅を始めて、数週間が経つ。
その短い期間の中で、ルインは自分自身に情けなさを感じることが多々あった。
それは主に戦闘中でのことだった。
村にいた頃は、守護者として幼い頃から剣術を習ってきていたのだが、
実戦を経験したのは、つい数週間前の兄・ロイとの共闘が初めてだった。
あの時は、兄の力を心から尊敬し、これからのことを思って気を引き締めた。
兄のような、立派な守護者になりたい。
そして、村と村のみんなを守りたい。
その責任感が、ルインの剣に懸けた思いだった。
しかし、「兄のようになりたい」という思いは、旅を始めてからは次第に薄れてしまった。
セラがいなかったらどうなっていたか―――そう思うシーンがいくつもあった。
剣を扱うのに驕りがあったわけではないが、自分の無力さをひしひしと感じた。
セラの足を引っ張ってはいけない。
足手まといになってはいけない。
焦りだけが、ルインの心を埋めていった。
陽が暮れかかってきたところで、二人は野営することにした。
「少し、出掛けてきます。」
そう言ってセラの元を離れたルインは、森の中の拓けた場所で剣を振るっていた。
オレンジ色の空には、白い三日月が浮かんでいる。
柄を握る手に力を込めて、剣の切っ先を睨む。
頭の中で動きをイメージする。
目指すのは、ロイと、そして―――。
荒れた息を整える。
片膝をつき、うな垂れて自分の手のひらを見つめた。
肉刺が潰れて血が滲んでいる。
そうまでなってしても、今の自分の力に自信は持てなかった。
「………。」
右手を握り締める。
悔しくて、涙が滲んだ。
「どうした。」
ふいに後ろから声がした。
驚いて振り返った先には、灯りを持ったセラの姿があった。
なかなか帰ってこないルインを案じて、探しに来たのだろう。
「あ…。」
ルインは慌てて立ち上がり、顔を背けてそっと目尻の涙を拭いた。
「何でもありません。…わざわざ、すみません。」
そう言って頭を下げて、セラの横を通り過ぎようとした時、右手首を掴まれた。
「!」
「これは、どうした。」
引き上げられて露わになった右手には、血が伝っていた。
「………。」
「…行くぞ。」
小さく息を吐いたセラは手を引いたまま、踵を返した。
情けないところを見られてしまった――。
ルインはうな垂れていた。
向き合って座り、セラは慣れた手つきでルインの右手に包帯を巻いていく。
戻ってきてから今まで、二人は押し黙ったままだった。
何をしていたのか何があったのか、セラは一切聞いてこなかった。
もう既に知っているのだろう。
「…ごめんなさい。」
ようやく口を開いたが、消え入りそうなほど小さな声だった。
しかし、セラはそれに答えなかった。
その代わり、包帯を巻き終えると、ぽんとルインの頭を叩いた。
「…そんなに、気を張ることはない。」
「………。」
ルインはぱちぱちと目を瞬かせた。
この、懐かしい感じは―――。
まだ村で、ロイと一緒に剣の修行をしていた頃。
ロイは、怪我をしたルインの手当てを度々してくれた。
「早く、兄様のように強くなりたいの。」
肩を落として泣きそうな声で呟く妹に、兄は優しく頭を撫でた。
「ゆっくりで良いんだよ、ルイン。」
その大きな手の温かさは、今でも覚えている。
大好きな兄の笑顔も、声も、優しさも。
包帯を巻いてくれた手。
ぽん、と頭に載せられた手。
低い声で短い言葉の中に隠れた優しさ。
それはまるで、兄のような―――。
右手に巻かれた包帯に触れる。
微かに温かい。
「…ありがとうございます。」
いつの間にか、心が穏やかになっているのをルインは気がついた。
fin