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長く艶やかな黒髪が風になびく。
アイラはマーファ城の屋上にいた。
シャナンと共に、この軍に入って数日が経った。
未だに、馴れない。
雰囲気にも、人々にも。
シャナンはすっかり打ち解けているようだが、アイラはどうしても馴染むことができない。
意識的に、距離を置いてしまう。
今、グランベルとイザークは敵対の状態。
しかし、その真相を知っているからこそ、距離を置いてしまう。
イザークは、兄上はどうなってしまったのか。
そのことばかりが頭を埋め尽くす。
「ここにいたのか。」
突然の男の声にアイラは振り返った。
青い髪を後ろにまとめている男……名前はわからない。
顔は見たことがあるし言葉も交わしたような気もするのだが、覚えていない。
「……なんだお前は。」
アイラは不機嫌そうに答えた。
どうしても馴染むことができないのだから、この際できるだけ関わらない方が楽だ。
そう思っていた。
男は何の迷いもなくアイラの隣に並んだ。
「どうして隣に来る。」
「別に。」
「用がないならさっさと行け。」
眉根を寄せて男を見上げる。
こうして並んでみると、背が高いのがわかった。
この感覚に、どこか懐かしさを覚える。
……兄上くらいだろうか……。
「お前、なんでそう無愛想なんだよ……ん?」
男は、アイラがじっと自分を見つめているのに気がついた。
「どうかしたか?」
はっと我に返ったアイラは顔を赤くして目を逸らした。
「な、なんでもない。」
男は不敵な笑みを浮かべながら言う。
「さては俺の横顔に見惚れてたな?」
「はぁ!?何を言ってるんだお前は!?」
さっきよりも顔を真っ赤にしてアイラは抗議する。
その様子に男は吹き出した。
「冗談冗談!」
本気にするなよな、と男は大笑いしている。
「……………。」
アイラは拳を震わせて睨み付ける。
なんなんだ、この男は…!
今までこんな男を見たことがあっただろうか。
少なくとも、祖国にはいなかった。
男は笑いながら言った。
「お前も少しは可愛いところがあるんだな。」
その言葉が一瞬理解できなかった。
「……?」
『お前も少しは可愛いところがあるんだな。』
……可愛い……?
「かっ、可愛い、だと……っ!?」
顔が熱い。
自分でも、今、顔が真っ赤になっているのがわかってしまう。
「お前っ……ふざけるのもいい加減にしろ!」
「ふざけてなんかいねーよ。」
そう言うと、男は突然まじめな顔になった。
その顔に、アイラの心臓が小さく跳ねる。
「お前さ、いつも難しそうな顔してるんだよな。」
「……は?」
ここ、と男はアイラの眉間に人差し指を軽く当てた。
「いっつもここに皺寄ってるんだよな、お前。」
アイラは一瞬目が点になって男の顔を見つめていた。
「……余計なお世話だっ!」
男の手を振り払う。
「何が言いたいんだ?」
アイラが睨み付けながら尋ねると、男は頭をかいた。
「お前、全然他のヤツと話とかしねーじゃん。」
「…する必要がないからしないだけだ。」
「だからって、なんでもかんでもここに溜めておくのは良くねぇんじゃねーの?」
男は今度は自分の眉間に人差し指を当てた。
「……。」
「何かあるんだったら皆に話せば良い。」
アイラの顔を覗き込む。
「そうすれば少しは気が楽になって、ここに皺寄ることもねーと思うけどな。」
そう言ってまたアイラの眉間に人差し指を軽く当てる。
当てられた指先は温かく、当てられている眉間はくすぐったい。
「……。」
アイラは男の顔をじっと見つめた。
男は軽く微笑んでいる。
その微笑を見て、少しだけ、気が楽になったような気がした。
アイラは男に背を向けると、すぐにでもその場を立ち去ろうとした。
「レックス。」
「……?」
アイラは立ち止まり、振り返った。
男は意地悪そうな笑みを浮かべている。
「俺の名前、レックスっていうんだ。」
「……だからなんだ。」
睨み付ける。
それでも男―――レックス―――は少しもたじろいだ様子はない。
「名前くらいは覚えてくれよな、ア・イ・ラ。」
「……。」
踵を返し、また歩き出した。
「話せて楽しかったぜ!」
後ろからレックスの声がする。
しかしアイラは振り返らず、その場を足早に去った。
心臓の鼓動が早い。
レックス……レックス……。
心の中で名前を繰り返し呟いてみる。
と同時に、レックスの顔を思い浮かべる。
意地悪そうに微笑んだ顔と、優しく微笑んだ顔。
自分の心の中に、レックスの名前と顔がしっかりと刻み込まれた。
『話せて楽しかったぜ!』
最後にレックスが言った言葉を思い出す。
認めたくは無いが、少しだけ嬉しかった。
また、話が出来るだろうか・・・。
「レックス!どこにいたの?」
屋上から戻り、廊下を歩いているとアゼルが歩み寄ってきた。
「屋上。」
「屋上?何しに?」
レックスはアゼルの横を通り過ぎた。
その後ろをアゼルがついて来る。
「ちょっと親交を深めようと思ってな。」
「なにそれ?」
きょとんとした顔で、アゼルは首をかしげた。
いつも一人で、寂しそうなんだもんな、アイツ……。
顔を赤くして睨むアイラを思い出し、自然と顔がほころぶ。
レックスとアイラ。
この日、二人が話をしたのはほんの数分の出来事。
しかし、互いの心には、互いの存在が深く刻み込まれたのだった。
fin