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アローカナの一日の仕事は、まずベルゼーヴァを起こすことから始まる。
彼の私室の扉を、こんこん、と二回叩く。
いつものことだが、返事はない。
初めのうちはそこで溜め息を漏らしていたが、今ではそんなこともなくなった。
「おはようございます。」
扉を開けて遠慮なしに部屋に入り込んだアローカナは、一直線にベルゼーヴァが寝ているベッドへと向かった。
ふくらんだシーツが、かすかにもぞもぞと動き出す。
しかし、起き出す気配はない。
アローカナはそれを横目で見つつ、ちょうどベルゼーヴァの頭の上にある窓のカーテンを開けた。
目が痛くなるほどの朝日に、アローカナは手をかざして影を作る。
窓を開けると可愛らしい小鳥のさえずりとともに、清かな風が舞い込んできた。
「おはようございます。ベルゼーヴァ。起きて下さい。」
ベッドに向かって淡々とした口調で投げかけたが、気配がない。
いつもだったら、だるそうに起き上がって伸びをしているのに。
照らす朝日から逃れようとシーツを深く被ってしまった彼に手を伸ばした瞬間、その手が掴まれた。
「…!」
「おはよう、アローカナ。」
シーツから見えた顔は、すっかり「起きてた」という顔だった。
一瞬驚いた顔をしたアローカナだったが、すぐにいつもの無表情に戻った。
「…起きていたんだったら、早く起きて下さい。」
手首を掴まれても、アローカナの口調は変らない。
「君が起こしに来るのを待っていたんだよ。」
言うなり、ベルゼーヴァは握っている手を強く引いた。
不意をつかれたアローカナが倒れ込んだ先は、ベッドに横たわるベルゼーヴァの隣だった。
すぐ目の前に、彼の整った顔がある。
アローカナは小さく息を飲んだ。
しかし、それを表情には出さず、やはり態度は崩さない。
「…なんの真似ですか。」
「さて。」
意地悪そうに笑うベルゼーヴァをきっと睨みつけ、
「ふざけてないで、起きて下さい!」
そう言ったアローカナの声はかすかに強張っている。
上半身を起こそうとしたが、ベルゼーヴァの左手に阻まれた。
左手は、アローカナの腰を押さえつけている。
くすぐったさと恥ずかしさで、顔が紅くなる。
ベルゼーヴァは相変わらず、意地の悪い笑みを向けていた。
「おはよう、のくちづけでもしてくれたら、起きようかな。」
「………。」
冷ややかな目で、正面にいる男の顔を見つめた後。
ぎゅっと頬をつねってやった。
掴んでいた手が離れた隙に、アローカナは素早くベッドから起き上がった。
襟元を直す手がかすかに震え、頬が熱くなっているのが自分でもわかる。
そんな彼女の後ろで、ベルゼーヴァがようやく上半身を起こし、深い溜め息をついた。
「やれやれ。」
「…それはこっちの台詞です。」
アローカナが部屋を出て廊下で待っている間、ベルゼーヴァは身支度を整える。
姿見の前に立ち、絹の上着に袖を通した。
彼女と一緒にこの王城で暮らすことになって、数ヶ月が過ぎた。
補佐という立場でここにいるのは、自分を好いてくれているからだと思うのだが、それが態度や言葉で具体的に表されたことは――まずなかった。
同性には笑顔を見せているようだが、目の前で見たのは一度もないのではないか。
「………。」
共に冒険していた頃を思い出してみたが、やはりそんなシーンはなかった。
「ベルゼーヴァ、急いでください。」
僅かに開いた扉の隙間から、アローカナの声だけが入ってきた。
「ああ。」
身支度を終えたベルゼーヴァは、扉へと歩き出した。
扉を開けると、そのすぐ傍にアローカナは控えていた。
「待たせた―――。」
今度は、ベルゼーヴァが息を飲む番だった。
一歩踏み出したアローカナは彼の懐に寄り添うと、爪先立ちになり、頬にキスをした。
小鳥が啄ばむような、一瞬のキス。
「………。」
目を瞬かせていたベルゼーヴァとは、視線を合わせることもなく、くるりと踵を返したアローカナは、背を向けたまま言った。
「…これで、よろしいですか?」
その声は、凛としたいつものトーンではなかった。
きっと顔は真っ赤になっているんだろう、と思うととても可笑しかった。
ベルゼーヴァの口元から、思わず笑いがこぼれる。
彼のくつくつと笑う声は、やはり意地悪そうに聞こえてきた。
「…先に行きます!」
かつかつと勢いよく靴音を鳴らし去って行くアリシアの後姿を見ながら、ベルゼーヴァは笑いながらも彼女を愛しいと感じた。
――明日の朝が、楽しみだ。
fin