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冷たいコンクリートの壁に、無数の雨粒が騒がしく音を立てる。
その小うるさい音に加えて、昼間だというのにどんよりとした鉛色の空気、じめじめとした湿気、そしてなによりも―――
「…先輩ッ!聞いてますか!?」
イリーナは、小卓を両手で思い切り叩いた。
彼女は、新人と古参の温度差が激しいことに、いつも歯がゆい思いをしていた。
その上、嫌いな雨の日ではその思いも倍増する。
書類に目を落としていたルードが、顔を上げてレノの方を見る。
「…聞いてるぞ、と。」
そう答えながらも、レノはベッドに寝転がりながら窓の外を眺めていた。
「だったら、早く席に着いてください!」
ばんばん、と小卓を叩いてレノを促す。
「はいはい、と。」
上半身を起こし、咥えたままだった火の付いていない煙草を箱に戻すと、
レノはようやく重い腰を上げて立ち上がった。
「…なんで俺の部屋で会議なんか…。」
ぶつぶつと文句を漏らすレノに、イリーナはぴしゃりと言った。
「だって先輩、会議をするって言っても集合しないじゃないですか。」
だから先輩の部屋でやることにしたんです、と続けた。
ルードは黙って書類に目を落としていた。
その教会の扉は、鈍い音を立てて開いた。
まるで空を覆っている鉛色の雲を例えたかのようなそれは、いつもの扉の音なのに、
雨の日に聞くといっそう気分が落ち込んでゆく。
レノは肩に、赤髪についた滴を払った。
「こんな雨の日でも、よく来るわね。」
教会の奥、レノのちょうど一直線上にある小さな花畑にしゃがみこんでいた少女が、
この雨の日にまったく不釣合いな明るい声を掛けた。
「暇なの?」という意味でも含んでいそうな言い方だ。
「シゴトだぞ、と。」
少女――エアリスのもとへと歩を進める。
「おねえちゃんこそ、こんな日なのによく来るね。」
そう言うと、レノは傍の長椅子にどっかりと座った。
くあ、とあくびも付け加える。
「今日は機嫌、あまり良くなさそうね。」
そりゃそうだ、と内ポケットの煙草を探りながら答える。
しかし取り出した箱の中はからっぽだった。
空箱をくしゃりと握り潰し、内ポケットに突っ込む。
「こんな雨の日じゃ。」
ふう、と大きく息を吐いて、レノは窓を見た。
ばたばたと、窓ガラスを叩く雨音。
こんな日に外回りのシゴトなんて、とレノは思った。
そんな彼の態度とは正反対に、エアリスはくすくすと笑いを漏らした。
「わたしは雨、好きよ。」
「…なんで?」
レノは窓からエアリスの方へと首を回した。
彼女は、背を向けてしゃがみこんで花を世話している。
「雨が降るとね、お花たちが喜ぶの。」
「…はぁ?」
思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。
が、こんなことは初めてではない。
エアリスの考え方は、他人と少々違っている。
「お天気が良い日も、お花たちは喜ぶんだけど、雨の日も嬉しそうにするの。」
「…はぁ。」
「恵の雨、よ。お花たちが喜んでるから、わたしも嬉しいの。」
そう言って、振り返ったエアリスは笑みを向けた。
「…恵の雨、ねぇ。」
「はい?」
ぽつりと呟いたレノに、イリーナは眉根を寄せて首を傾げた。
「なんですか?先輩。」
「…なんでもないぞ、と。」
レノが立ち上がると、イリーナがそれを制するように声をあげる。
「ちょっと、先輩!どこへ行く気ですか!?」
「きゅうけい。」
ひらひらと片手を振って、レノはその部屋を後にした。
「…んもう!レノ先輩。雨の日だからって、やる気がないのはわかりますが…。」
彼女の独り言に、ルードが入り込んだ。
「いや。レノは…今日は機嫌がいい。」
「そうなんですか?」
「レノは、雨の日が好きだから。」
「ええ?」
意外な事実に、イリーナは目を丸くした。
柔らかい灯りのともる廊下をひとり歩く。
窓ガラスを叩く雨音は相変わらず。
レノは歩みを止め、窓の外を見た。
「恵みの雨」
エアリスの、あの花のような笑みを見た時、レノは「恵みの雨」を知った。
あの笑顔が見られるなら、雨の日も悪くはない。
今、エアリスもこの雨を見上げて笑っているだろうか。
ミッドガルを出てからだいぶ時が経っている。
窓の外を見上げながら、レノは会えない彼女を思い浮かべた。
fin