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ナンナは、下校する生徒たちとは逆方向に歩いていた。
腕時計を確認すると、いつもの集合時間から数十分ほど過ぎていた。
前もって遅れてくる旨を話してはいたので、注意されることはないが、
先に待っている人たちがいることが気になった。
(先輩たち、もう揃ってるかしら。)
階段を駆け上がり、廊下を渡り、会議室のドアの前で立ち止まった。
しかし、ドアに手を掛けたところで動きが止まった。
「…!」
ドアのガラスから見えた教室の中の様子に、はっと息を飲んだ。
生徒会長のセリスと副会長のイシュタルが二人きり。
(それも、とってもイイ感じ!)
向かい合って座っていた。
何か話をしているような雰囲気ではないが、二人の世界という空気が漂っている。
今入ったらいけないような気がして、ナンナはドアから手を離した。
更に、見てもいけないような気がして、慌ててその場から離れた。
掃除を終えたリーフも、会議室へと向かっていた。
階段を上がり、廊下を渡り、会議室が見えてきた。
ふと、教室の前に一人の少女が立っているのが見えた。
「やあナンナ。どうしたの?」
後ろから声を掛けられたナンナは、びくりと肩を上下させた。
振り返り、先輩だと気づいてほっと胸を撫で下ろす。
「…ああ、びっくりした…。」
彼女の挙動不審さに、リーフが首を傾げる。
「入らないの?教室。」
と言いながらドアに手を掛けたのを、ナンナが勢い良く制した。
人差し指を立てて口元にやり「静かに!」のサイン。
そして、そのままの人差し指でドアのガラスを指す。
尚も小首を傾げながらのリーフがそっと覗いて、ようやくその意味が分かった。
「ああ~なるほどね…ってエエ!?あの二人ってそうなの!?」
生徒会長と副会長の関係を初めて知った、というリーフが興奮状態なので、
ナンナは彼を引きずるようにしてその場から離れることにした。
二人が着いた場所は、広いラウンジだった。
校庭に面した大きな窓があり、それに沿って長椅子が置かれている。
自動販売機もあるので、生徒たちの憩いの場となっている。
しかし、今は放課後なので、ラウンジにいる生徒はほとんどいない。
たまに、下校か部活へ行く生徒が通り過ぎるだけだった。
二人は長椅子へと腰掛けていた。
手には、さっそく自動販売機で買ったアイスがあった。
片手で気軽に食べられる、生徒たちにも人気のアイスだ。
今の季節にこの自動販売機は大好評で、放課後にはほとんど売切れの場合が多い。
買えたのは幸運だった。
「あの二人、そういう仲だったの?」
「そうですよ。知らなかったんですか?」
「全然、知らなかった…。」
興奮冷めやらぬ状態のリーフは、手に持っているアイスが既に溶けかかっているのに気づいていない。
「先輩、溶けてますよ。」
ナンナがくすくす笑いながら言うと、ようやくリーフはアイスに食いついた。
彼にはよほど衝撃だったのだろうと思うと、可笑しかった。
生徒会役員であることと二人の容姿のお陰で、校内の知名度は高い。
副会長が生徒会長に想いを寄せているなんて噂は、女子の間ではそれなりに有名だった。
同じ役員のナンナも、イシュタルの想いには気が付いていた。
しかし、セリスがどう想っているのか。
それだけは分からなかった。
そんな二人の恋模様に、ナンナは大変興味を持っていた。
同じ「恋する少女」として、密かにイシュタルを応援していた。
ちらり、と隣に座っているリーフに視線を向けた。
ナンナが「恋する少女」になっている原因である。
実を言うと、廊下から教室内の二人を、彼女は羨望の眼差しで見ていた。
リーフとは幼馴染のような関係である。
学年は一つ違うものの、家は近所だし学校も別々になったことはない。
何かしら縁がある気がするのだが、これといって発展もないまま現在に至る。
しかも、先ほどのリーフの驚愕振りから察するに、恋には疎い方かもしれない。
(イシュタル先輩が羨ましいな)
(もしかして、先輩の思いが通じたとか?)
(両思いだったのかしら?)
(わたしの恋は実るのかしら…?)
(リーフ先輩鈍いみたいだし…。)
そんなことを悶々と考えていると、リーフの声が耳に届いた。
「ナンナ、溶ける溶ける。」
「えっ!」
はっと我に返ると、まだ半分も食べていないアイスが目の前にあった。
溶けかけた滴が今にも落ちそうだ。
ナンナの慌てぶりを見て、リーフがくすくすと笑った。
眉根を寄せて頬を赤く染めた少女は、そこで彼が既に食べ終えているのに気が付いた。
「あっ、すみません。すぐに食べますね…。」
慌てふためくナンナを穏やかに制した。
「いいよ、ゆっくりで。」
「でも…。」
「あの二人に気を遣ってやろうよ。」
あ、とナンナは心の中で呟いた。
彼なりにあの二人に気を遣ったのかと思うと、鈍いわけではないのかしら、という考えが過ぎった。
彼女からしてみても、この二人きりの状況はとても嬉しい。
何か進展があるのではないか、という淡い期待が今更胸を高鳴らせた。
「そう、ですね。」
微笑みながら、ひとくちアイスをかじった。
もうしばらくは、二人きりになれるように。
fin