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セイレーン城内にある、大きな大きな書物室。
窓から差し込む陽の光とランプの灯りが頼りの薄暗いその部屋は、とても居心地が良く、
アゼルは時間が経つのも忘れてひたすら本を読み耽っていた。
彼が、本に没頭するのには訳がある。
ずっと憧れていた女性を、忘れてしまう時間が欲しかったから。
その女性と女性の大切な人が、並んでいる姿を見るのが辛い。
なるべく見ないように、目を逸らして。
一人で心を休めたいときに見つけたのが、この書物室だった。
ヴェルトマー城にあった本の数に比べると少ないが、
シレジアに伝わる伝説や民話を集めた本はとても興味深く、
アゼルのしぼんだような心も、普段の落ち着きを取り戻していた。
「あれー?アゼルじゃない?」
薄暗く閑静な部屋の中に響く、不釣合いな明るい声。
顔を上げると、そこにいたのは幼馴染のティルテュの姿。
「…ティルか…。」
何時間も無言でいたため、久し振りに発した声は少し掠れていて。
恥ずかしくなって思わず咳払いをするが、ティルテュは気にした様子はない。
「相変わらず、アゼルは本が好きねー。何読んでるの?」
長椅子に座っているアゼルの隣から、ティルテュは本を覗き込んだ。
アゼルの鼻先で、ティルテュの豊かなグレーの髪が仄かに香る。
その瞬間、心臓が小さく跳び跳ねた。
「べ、べつに、たいした本じゃないよっ。」
アゼルは慌てて横向きに座り直すと、再び本に目を落とす。
ふ~ん、と呟くティルテュの声を背中で聞く。
「あたしも、本、読もーっと。」
ぱたぱたと遠ざかる足音を聞きながら、アゼルはほっと胸を撫で下ろした。
しかし、ページをめくろうとした手が止まる。
どうして、胸がどきりとしたんだろう。
ティルテュが本を手に戻ってくると、ごく自然にアゼルの隣に座った。
「な、なんで隣に座るの…?」
一人焦っているアゼルの姿に、ティルテュは目を丸くする。
「いいじゃない。寒いんだし。」
確かに、この季節の広いだけの空間は肌寒い。
だからって、と口を開きかけたが息を飲み込んで止めた。
変わりに、大きな溜め息をついた。
ティルテュは満足そうに微笑むと、本を開き始めた。
ほんの少しだけの隙間を空けて、隣には幼馴染のティルテュ。
左半身に感じる彼女の気配は、意識を本へと移させてはくれなかった。
ぱらぱらと一定の間隔で鳴っていたページをめくる音が聞こえなくなったことに気付く。
「………?」
ゆっくりと首を向けながら、そっと隣の様子を伺うと。
ことん、とアゼルの左肩にティルテュの頭がもたれかかった。
思わずびくりと肩を強張らせて目を見開いたが、すぐにゆっくりと息を吐き出した。
「……寝てるし。」
ティルテュの持っていた本は手から滑り落ちて、彼女の膝の上に留まっている。
「君は何しに来たんだよ…。」
起こしてしまわないように呟かれた文句は、すぐに空中へ消えた。
規則正しく聞こえてくる寝息と、幸せそうな少女の寝顔に、思わず笑みが零れる。
こんな風に、二人だけ、というのは久し振りだ。
幼い頃は、よく二人だけで遊んだこともあったのに。
悪くないかも…。
そう思ったアゼルは、再び本に目を落とした。
fin