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アーサーは、ユリアを屋上へと呼び出した。
ヴェルトマーへ発つ、前日の夜のことである。
今にも落ちてきそうな星空を見上げるユリアの表情に、以前のような物悲しさはなく清々しい明るさがある。
しかし、自分達が身を以って体験してきた聖戦は、ユリアが実の兄を殺めたことで終結した。
表情から読み取ることはできなくても、秘められた彼女の心は普通では想像しにくいものだろう。
だからこそ、恋人であるアーサーは、ユリアをヴェルトマーへ連れて行きたいと思っていた。
自分の傍へ。
心細いとき、手を繋いでいられるほど近くへ。
辛いとき、抱きしめてやれるほどの距離へ。
「わたしは、バーハラに残ろうと思います。」
それが、ユリアの答えだった。
「シグルド様への償いをしたいのです、ここで。」
向かい合っているユリアは、吹き抜ける風に弄ばれる髪を押さえ、真っ直ぐにアーサーを見ていた。
銀色の長い髪は、月の光を浴びてうっすらと金色に輝いている。
白い素肌も細い肩も、ユリアを華奢な少女と認識させるのに充分なのに、
恋人を見つめる紫水晶の瞳は凛として強い光を瞬かせている。
傍にいないと消えてしまいそうなほど儚げで、いつも不安に満ちた瞳でアーサーを見つめていたユリア。
そんな彼女を守ることを己の使命としてきたアーサーは、彼女の変化に少しの寂しさを感じた。
「………。」
アーサーはユリアの手を優しく引き寄せ、抱きしめた。
引き寄せられたユリアは、そっと目を伏せアーサーの胸元へと顔を埋めた。
「それが、君が決めたことなんだね。」
「…はい。」
ユリアは、聞き取れないくらいの小さな声で、ごめんなさい、と呟いた。
出発の時。
見送りに出ているセリスと言葉を交わし、固く手を握り合った。
セリスの後ろには、俯き、肩を震わせているユリアが控えていた。
「セリス様、ユリアをお願いします。」
「…ああ。」
セリスはアーサーの肩を軽く叩き、ユリアの元へ、と促す。
頷いたアーサーはユリアの元へ。
彼の後姿を見ながら、セリスは小さく溜め息をついた。
「…ユリア。」
アーサーは優しく恋人の名を呼んだ。
「………。」
ユリアは顔を上げず、ただ泣き続けていた。
自分で決めた道とはいえ、恋人との別れはやはり辛い。
昨夜見せていた強い姿も、今の彼女からは微塵も見られない。
儚く華奢な少女の姿に、アーサーは心の中でほっとしたのと同時に、彼女への愛しさを再確認した。
アーサーは、もう一度恋人の名を呼ぶ。
引き寄せ、胸に抱く。
すすり泣くユリアの耳元で囁いた。
「悲しいのは今だけだ。いつか、必ず、迎えに来るから。」
「え…?」
涙が止まらないまま顔を上げたユリアは、目を瞬かせた。
「ユリアが嫌だと言っても、俺はユリアをヴェルトマーに連れて行くから。」
アーサーはにっこりと笑いながら、頬を伝う涙を手で拭った。
「アルヴィス卿の、ユリアの父親の故郷を素晴らしい国にしてみせる。」
だから、とアーサーは真っ直ぐにユリアの瞳を見つめた。
「それまで、待ってて。ユリア。」
「……はい!」
ユリアの頬を伝う涙を唇で拭い、そのまま、二人は約束の口付けを交わした。
その後、アーサーはヴェルトマー国を復興させ、国民から慕われる王となった。
王の傍らには、美しい王妃がいつも寄り添っていた。
fin